
第6回 「顔色をうかがう」
十人十色という言葉があるように、人間の考えることは一人一人違うものです。子育てについても、一人一人違った考えでやればいい。そう言ってしまえば簡単なのですが、これが一緒に暮らしている嫁と姑、亭主とカミさんということになると、ことはそう簡単にはいきません。
育児に専門家なんているはずがないというのが、私の持論なのですが、世の中どういうわけか専門家が大好きなようで、育児の専門家と呼ばれる人々がいっぱいいます。かくいう私自身、自分ではともかく、世間では専門家とみなされていた頃があって、テレビの育児番組に出演したり、育児書を書いたり、育児雑誌にいくつも連載をしたりという時代があったのです。
専門家にも十人十色という言葉は当てはまって、専門家全員が同じことを言っているわけではありません。でも、専門家というのは間違ったことを言ってはいけないわけですから、それぞれ意見は違っていても、その専門家の言っていることはどちらも正しいと考えなければなりません。もしどちらかが間違っているのだとしたら、その専門家は廃業しているはずです。ところが、口角泡を飛ばして大論戦をしていた育児の専門家が廃業したという話はとんと聞いたことがありませんから、やっぱりどちらも間違ってはいないのでしょう。ということは、どちらに転んでも子育てで大きな失敗をすることはないということです。
プロ野球では、阪神ファンのロケット風船とヤクルトファンのカラフルなビニール傘が有名ですが、嫁と姑、亭主とカミさんの戦いもこれに似たようなところがあります。たいていはどこかで仕入れてきた、ある専門家の育児知識なるもののファンになって、ロケット風船を飛ばしたり、ビニールの傘を振り回したりしているといったところです。実際に人生の荒波と戦っているのは、こどもそのものだというのに・・・。
こういう見方で専門家たちの大激論を見ていると、応援団の大騒ぎを横目にこどもは勝手に育っていると思わずにいられません。もしかしたら、最も重大な意見の食い違いは、このような大人たちとこどもたちの間にあるのかもしれません。とはいえ、意見が違うままでは世の中に平和は訪れませんから、何とか意見を調整しなければなりません。
日本では、「人の顔色をうかがう」というと悪いイメージが浮かんできますが、食い違った意見の調整には人の顔色をうかがう技術がどうしても必要だと思うのです。
人の顔色をうかがって、その人の心の中を察知する。これはかなり高等な技術です。でもこれができれば、今目の前で繰り広げられている相手の行動が、どのような考えから出てきたものなのか、また、この人はこれからどのような行動に出るだろうかということが理解できるのです。もちろん、そこに悪意が働けば、相手の先手を取って、自分に都合のよい行動を引き出すことができるでしょう。
でも子育てにおける意見の食い違いというのは、どちらもこどものためという善意でやっていることですから、相手の心が読めれば意外と簡単に和解の道が見つかるかもしれません。ただ残念なことに私達日本人は、人の顔色をうかがうという訓練をあまり受けていませんから、それがいいと思ってもすぐには実行できないかもしれません。
今からでも遅くはありませんから、もし子育てで意見が食い違うことがあったら、相手の顔色をうかがう練習を一所懸命やってみて下さい。そしてできることなら、あなたのお子さんにも、人の顔色をうかがえるこどもに、そして人の顔色をうかがえる大人になれるような育て方をしてあげて下さい。
大切なことは、いつも善意をもって人の顔色をうかがうようにしむけることです。善意をもって人の顔色をうかがうということは、別の表現をすれば、思いやりの心を育むということでもあるのです。
善意だけで人とつき合っていると、自分の思いとは逆に相手に大きな負担をかけてしまうこともあります。相手の顔色がうかがえれば、ときには善意を引っ込めることが相手にとっては善意に感じられることだってあるかもしれません。それもまた思いやりということではないでしょうか。