2008年08月03日

二歩突き切り定跡の謎

2mai.jpg 4日蓮族の将棋話でスミマセン。昨日も言いましたが、二枚落ちに昇格したので舞い上がってるんです右斜め上。おつきあいください。

 今さらとも言えますが、左の写真は二枚落ちの初期局面です。上手に飛車と角がありません。攻撃の主力である飛車角抜きですが、守備駒は全部揃っていますので、そうたやすくは攻め落とせません。

 二枚落ちに昇格するにあたって参考書を4冊揃えました。もともと持ってはいたのですが、どの本にも「二枚落ちからが本当の駒落ち」なんて書いてあって、四枚落ちまではあまり詳しく書かれていないので、チラッと読んでは本棚に逆戻りという状態でした。でも、いよいよ二枚落ちですから、きっと定跡書が役に立つだろうと思って引っ張り出してきたのです。「定跡の伝道師」と呼ばれる所司和晴七段の「【決定版】駒落ち定跡」、先崎 学八段の「最強の駒落ち」、故原田泰夫九段の「よくわかる将棋」(復刻版)、故花村元治九段の「やさしい駒落ち」(復刻版)の4冊です。

2mai_sho.jpg この4冊にちらちらっと目を通していて気づいたのですが、最近(平成に入ってから)出版された所司七段と先崎八段の本には、異口同音に「二枚落ち定跡でもっとも普及しているのが二歩突き切り定跡」と書いてあるのです。目次を見ても二歩突き切り定跡が先で、何章にもわたって詳しく記述されています。その次が銀多伝定跡で、こちらはあまり詳しくありません。そして最後が上手△5五歩止めです。

2mai_sen.jpg 右上の写真の所司七段の本の目次では二歩突き切りに3章も費やしています。銀多伝と5五歩止めがそれぞれ1章ずつです。左の先崎八段の本では、前のページは写っていませんが、二歩突き切りがなんと5章、銀多伝と5五歩止めがそれぞれ1章ずつです。

 それよりも何よりもどちらの本にも「二歩突き切り」という文字がちゃんと印刷されています。

2mai_hara.JPG ところが、昭和の時代に出版され、平成11年(2001年)に復刻された原田九段と花村九段の本では、二歩突き切りという言葉が見あたりません。右の原田九段の本では、「銀多伝と袖飛車戦法」と書いてあります。袖飛車というのは飛車を3筋に振ります。二歩突き切り定跡では飛車を3筋に移動させますので、これが今で言う二歩突き切り定跡かと想像されますが、原田九段は独自の新しい定跡を書いていますので、残念ながら確認はできませんでした。

2mai_hana.jpg 一方、花村九段の本では、銀多伝が2章、5五歩突き(止め?)が1章、そして「カニ囲い定跡」という章が一つ見えます。二歩突き切り定跡では、玉をカニ囲いで固めますので、これが今で言う二歩突き切り定跡のようで、読んでみたらまさに二歩突き切り定跡でした。

 不思議ですね〜。私も将棋会館のビギナーズセミナーでは二歩突き切り定跡で指そうと思っているのですが、今こんなに普及しているこの定跡に、「二歩突き切り」という名前がついたのは平成に入ってからなんでしょうか?この名前になってから普及し始めたんでしょうか?そして、最近の命名だったら、誰が名付けたかわかるんじゃないでしょうか?

 今度天野三段にお目にかかったら、このことをお訊きしてみようと思います。


posted by YABOO!JAPAN at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤブログ将棋教室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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