2008年08月29日

小山機関区は今?(その2)

金曜日は鉄道の日。なぜなら鉄道の鉄の字は「金」ヘンだから。
電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車

oyama01.jpg 小山駅の跨線橋から機関区があった方向を撮影しました。右の緑の屋根が東北線のホーム、左が水戸線のホームです。水戸線が左にカーブを切り、東北線が右の方に集約されていくY字の間に機関区があったのです。方向から言うと遠くに黒いビルが写っている方角です。

oyama11.jpg では現場へ向かってみましょう。その前にもう一度航空写真の確認です。先週掲載した写真の転車台と扇形機関庫があったあたりだけパソコンから撮影しました。機関区があった頃の古い航空写真は先週8月22日の記事をご覧ください。

 写真に写っている二つの路線のうち、右が水戸線、左が東北線と東北新幹線です。旧機関区の南側を逆への字に曲がって走る道路のすぐ脇にある白いビル(JR東日本の社宅)のあたりが扇形機関庫跡、白いビルのちょっと北側にある草むらのあたりが転車台跡です。

oyama03.jpg 上の写真の右端のほう、水戸線の右側で一番南側に移っているビルの非常階段から、JRの社宅が入る方角で撮影した写真です。上の航空写真では水戸線側だけに建物がありましたが、東北線のほうまでぎっしりと宅地化されてしまっています。

oyama04.jpg さらにカメラを右の方に向けると、航空写真の草むらの北側をほぼ東西に区切っているフェンスのようなものが手前の水戸線側に写っています。その右の方は機材置き場かなんかになっているようです。そしてこのあたりも東北線側まで宅地化されてしまっています。要するに、小山機関区の跡地は、扇形機関庫跡も転車台跡も家の下になってしまって、「ああここに転車台があったんだなあ」と感動しながらその地に立つこともできなくなっていたんです。それにしても、航空写真ってけっこう古いものを掲載してるんですね。

 「小山機関区は跡形もなく消えてしまったのか?」という思いと「いや、何か痕跡が残っているはずだ!」という思いの交錯する中、しつこい私はそこら中を歩き回って痕跡探しをしました。そしてついに、航空写真の左端の下の方に2本の黄色っぽい線として写っている跨線橋の上で、私は紛れもない小山機関区の痕跡を見つけたのです。

oyama07.jpg この三角形に取り残された草むらはいったい何なのかexclamation&question上の航空写真でも跨線橋のすぐ下から東北線沿いに逆直角三角形の空き地として写っていますね。これは東北線から枝分かれして、1本だけ単独で転車台へと向かう「入区線」の路床跡に違いありません。古い航空写真でもはっきりしませんが、8月22日に古い航空写真と一緒に掲載した小山機関区の配置図には「入区線」とはっきり記載されています。

oyama08.jpg そしてこの写真の三角形の先の右側、東北線の線路の一部の枕木が他の部分の枕木と比べて新しいのは、ここにあったポイントを撤去して、新しい道床・枕木・直線線路に敷き替えたからに相違ありません。

 そしてこの入庫線が向かった先を、やはりこの跨線橋の上から撮影すると、そこにはきれいに舗装された宅地内の道路が旧機関区の方向に向かって走っているだけ・・・。

 機関区跡と言えるものはわずかに残った三角形の草むらだけでした。

oyama09.jpg 最後に、同じ跨線橋の上から、転車台と扇形機関庫があった方向を撮影してみました。もちろん新築の家並みしか見えませんが、目をつぶれば、旧小山機関区に憩う蒸気機関車達から出る黒煙が幾筋も立ち上る光景が浮かんでくるようでした。

 とまあこんなわけで、レイアウト作りの参考になりそうな収穫のなかった旧小山機関区探訪でしたが、しつこい私はこのあと、電気機関車がたくさん並んでいた旧小山機関区(電機部)も訪ねてみたのです。その様子はまた来週。


posted by YABOO!JAPAN at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤブログ鉄道模型入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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