
第14回 「テレビとこども」
もう皆さんの記憶からはほとんど消えてしまっていると思いますが、あの湾岸戦争のときには、「戦争のテレビ実況中継」という前代未聞のことが起こりました。今や、インターネットがテレビに替わってニュースや情報をオンタイムに届けてくれる時代になっていますが、2歳3歳のこどもがインターネットを自由に操れるということもないでしょうから、テレビやビデオ、DVD等がこども達に情報を届けていると言ってよいでしょう。
これらの情報はテレビにせよパソコンにせよモニター画面を通して伝わってくるものなので、一括して「テレビ」としてお話を進めようと思います。
インターネットを操作できる年齢のこどもでは、メールやフェイスブック・ライン・ツイッターといったSNS、それに悪質なサイトなどが問題にされますが、小さなこどもにとってはテレビがどのような影響を及ぼすかということが問題になることがしばしばあります。そんなとき、多くの場合には、こどもの視力の発達にとっての影響と子どものコミュニケーションの発達にとっての影響という二つが採り上げられます。まずこれらを順番に考えていくことにしましょう。
視力というのはもちろん成長にともなって発達していくものですが、目の網膜に刺激が到達するということも大切な発達の要素なのです。視力が完成した大人でも、網膜への光の刺激がないと、視力はあっという間に落ちてしまいます。よく落盤事故などで暗闇に閉じ込められてしまった人が救出されるときに目隠しをしていますが、あれは急に光を浴びて網膜がいたまないようにするという理由の他に、落ちてしまった視力を徐々に取り戻すという理由もあるのです。
こう考えると、テレビから与えられる光の刺激は網膜を刺激して視力の発達を促す力をもっているということになります。実際、テレビの映像から流れる光の刺激は、自然の中で目に見えるものよりもはるかに強いといえるでしょう。ですから、テレビを見ていれば見ていないよりも早く視力を発達させることができるでしょう。
しかし、過ぎたるは及ばざるがごとしのたとえどおり、強過ぎる刺激は未発達な網膜を逆に傷つけてしまうかもしれません。また、光の強弱があまりに激しく変化するとけいれんを引き起こしてしまうことは、テレビで「ピカチュー」を見ていた全国の多くのこども達が一斉にけいれんを起こしてしまった事実でよく知られています。でも、一つ一つの映像の刺激が強過ぎるということはありませんから、要は長時間見ることで網膜を疲れさせないよう気をつけるということでしょう。
ではどれくらいの時間が適当かという話になりますが、これを決めるのはとてもむずかしいのです。このあとのコミュニケーションの話とも絡んできますので、最後にまとめてお話することにします。
さて、コミュニケーションの発達とテレビの話ですが、テレビからは一方通行的な情報だけが流れてきて、こちらからの呼びかけには応えてくれない、だから子どもがテレビばかり見ていると人とのコミュニケーションが上手にとれなくなってしまう、言葉の発達が遅れる、ということが言われます。言っていることは確かに間違いではないでしょう。
でも、こういう話というのはいつでも極端過ぎるきらいがあります。
たとえば3歳の子の生活を考えてみます。仮にこの子が12時間寝て、食事や排泄など生きていく上で不可欠なことのために5時間使うとします。するとこの子の自由時間、3歳の子であればほとんどが遊ぶ時間ですが、自由時間は7時間ということになります。この7時間をすべてテレビを見る時間として使ったら、コミュニケーションの問題は生まれるかもしれません。しかし実際には7時間の間まったく子どもとのコミュニケーションをせずに放っておくことは不可能でしょう。
テレビに子守りをさせているから、コミュニケーションがおろそかになり言葉の発達が遅れるのではなく、もともとコミュニケーションに自信がなかったり、コミュニケーションの方法がわからなかったりということで、子どもがテレビに熱中しているのをいいことに、子どもとのコミュニケーションから逃げている親のほうにこそ問題があるというべきでしょう。
またある程度大きくなった子で、自分でテレビを操作できるようになって、1日中テレビばっかり見ていると嘆く方もいらっしゃいますが、テレビはもともと見てもらうために放送を続けているわけで、途中で見るのをやめて下さいなんていうテレビがあるわけはないのです。視聴者の目をくぎづけにするために日夜努力を続けているテレビに向かって、「うちの子がテレビから離れない」などと文句を言ってみたところで筋違いもいいところです。
子どもは親よりもテレビの方が面白いからテレビを見るのです。面白いというと語弊がありますが、親と遊ぶほうが楽しくて心地よければ子どもはテレビなんか見向きもしません。テレビから離れさせたかったら、親が自分でスイッチを切ることです。そしてテレビに子どもを取られたくなかったら、テレビより楽しい親になることです。親がちっとも楽しくないから子どもはテレビを見るのです。
ちょっと言い過ぎたかな?