2008年09月16日

蕎麦切りとはなんぞや?

tocbl.jpg 火曜日はグルメの日。なぜなら料理に「火」は欠かせないから。

 昨日掲載した「竜門峡の旅」で出てきた「蕎麦切り発祥の地」についてウンチクを傾けてみたいと思います。その前にまず、「蕎麦切りとはなんぞや?」ということですね。

 答は簡単。今私たちが普通に食べている細長いソバのことなんですね。今でこそソバといえば細長いというのが常識になっていますが、この細長いソバが登場したのは16世紀頃なんだそうです。ソバというのは縄文時代から日本にあった非常に古い歴史を持つ食べ物なのですが、大昔にはソバの実の殻をむいて、剥き実・ソバ米(粒食)として食べるか、ソバの実を粉にして団子やそばがきとして食べる(粉食)かのどちらかだったそうです。

 このソバ団子を薄く延ばして細く切って食べる「蕎麦切り」というものが始まったのが、昨日の記事に出てきた甲州天目山栖雲寺ということなのですが、じつは発祥の地としてはもう一つの説があります。それは信州本山宿(木曽路)が発祥の地であるという説なのですが、どちらの説にも一応証拠となる文献があるようです。

 甲州にせよ信州にせよ、どちらも中仙道沿いにあることは事実で、どこそこというように特定はできないまでも中仙道のこのあたりで蕎麦切りが生まれたということのようです。

 今では当たり前と思って食べている蕎麦切りですが、縄文時代からの食べ物だと考えると、まだまだ歴史は浅いんですね。また、そばがきを食べさせてくれるそば屋もありますが、あれはあれでなかなかうまいものですね。

 ついでと言ってはなんですが、うどんとそうめんについても調べましたので、読んでやってください。

 うどんとそうめんの源流は奈良時代に中国からお菓子の一種としてやってきたそうです。うどんの元祖は「こんとん」、そうめんの元祖は「さくへい」と呼ばれていました。どちらもまんじゅうか団子のような形だったそうです。

 室町時代にはこんとんはうんどんあるいはうとんと呼ばれ、小麦粉で作った麺生地を細く切って食べたことから、切り麦とも呼ばれたそうです。さらに細く切ったうどんを冷やして食べるのを冷や麦と呼んでいたとも考えられるそうで、冷や麦の先祖はうどんかもしれないとのことです。

 一方、そうめんの元祖さくへいは、麺の形をしていたという説もあるそうですが、麺とはいえど相当太いものであったと考えられ、その後さくめんからそうめんへと変化していったとするのが定説だそうです。うどんと違うところは小麦粉と塩を原料として作った麺生地を油を塗りながら練り延ばしていくところです。

hoto.jpg ところで、甲州の麺といえば「ほうとう」ですね。私たちも買ってきましたよ、お土産に。そして今日のお昼ご飯はカボチャのほうとうでした。カボチャの他には油揚げと人参・大根・里芋・小松菜が入っています。カボチャが煮くずれてしまってカレーほうとうみたいになってしまいました。でもみそ味でとてもおいしかったです。


posted by YABOO!JAPAN at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤブロググルメ情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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