2008年09月30日

新型インフルエンザとその対策

 今日9月30日こども診療所で開かれたみずえちゃんひろばでは、私が「新型インフルエンザとその対策」というタイトルで1時間弱お話をさせていただきました。その内容の要旨を掲載いたします。

 新型インフルエンザについてはマスコミやウェブサイトなどで連日色々な情報が飛び交っていますが、多少は新しい視点も織り込んだつもりです。

《新型インフルエンザとは?》
 インフルエンザウイルスは生物としてはとても速いスピードで進化しています。世代交代を続けるうちにもともとのインフルエンザウイルスと同じ性質とは言えない新種に分化することがあり、これを新型インフルエンザウイルスと呼びます。

 現在人間にとって脅威となる新型インフルエンザウイルスの候補の筆頭はA型インフルエンザウイルスに属するトリインフルエンザH5N1(H5というのは高病原性=強毒株)です。

 このウイルスはその名の通り本来トリが感染するインフルエンザですが、A型ウイルスの場合には人獣共通感染といって、ヒトやブタに感染することがあります。

 今、「パンデミック」といわれて世界中が警戒しているのは、このH5N1ウイルスがトリ→トリ感染からトリ→ヒト感染を起こすように変異し、さらにヒト→ヒト感染を起こすようになるのではないか、そしてそれはいつ起きてもおかしくない状況になっているということなのです。ヒト→ヒト感染の急激な拡大が「パンデミック」(流行爆発)です。

 しかし、新型インフルエンザとして人間を恐怖に陥れるのは、地球上のどこかで発見されずに変異を続けているH5N1以外の新型ウイルスかもしれないということも言われています。

《新型インフルエンザはなぜ怖いの?》
 どんな型のウイルスであれ、今まで一度も人間界で流行したことのないウイルスが登場するわけですから、新型インフルエンザウイルスに対しては、免疫を持っている人が地球上に全くいない=すべての人が感染する危険があるということになります。

 しかも、H5N1という仮定でお話しすれば、高病原性=強毒株のウイルスが人間界を襲うということです。

 現在流行しているA型インフルエンザはH1N1かH3N2に属しています。H1とH3は弱毒株といわれ、呼吸器の粘膜でしか増殖できません(一部例外はあります)。一方、H5N1のほうは、すべての組織で増殖することができ、多臓器不全を引き起こす危険がとても高いのです。

 現在のインフルエンザでも全身症状は出ますが、新型の場合には「全身症状」ではなく「全身破壊」なのです。「新型って言ったってインフルエンザはインフルエンザだろ」なんてタカをくくっていてはいけないのです。

flue_virus.jpg 右の図は、インフルエンザウイルスが人の粘膜細胞に侵入し、エンドソームという細胞内の微少物質の力を借りて殻を破り、細胞核内で増殖し、2倍になって再び細胞の外へ出て行く様子を模式化したものです。ウイルスに侵入された細胞は死んでしまいます。このように次から次へと粘膜細胞内での増殖が続くため、ウイルスが付着した組織は大きなダメージを受けてしまうのです。

 ただ、インフルエンザウイルスは殻を破らなければ増殖することはできません。そしてからを破るためにはエンドソーム内のある蛋白が絶対必要なのです。現在のインフルエンザウイルスは気道粘膜に存在するクララという蛋白だけに反応するので、呼吸器の粘膜でしか増殖できないのです。一方H5N1ウイルスは体中のどの細胞にでもあるフーリンという蛋白に反応するのですべての組織で増殖することができてしまうわけです。

《新型インフルエンザは若者のほうが危険?》
 新型インフルエンザの例としてよく引き合いに出されるスペイン風邪(1918〜1919)の流行の際には、世界中で5,000万人とも1億人とも言われる死者のうち、20台・30代の若者の割合が半数近くにのぼったと言われています。

 現在のインフルエンザでハイリスクと呼ばれるのは高齢者や乳幼児です。スペイン風邪のウイルスはH1N1で、現在もその子孫がA型インフルエンザを流行させています。ですから、インフルエンザワクチンには必ずH1N1に有効な成分が採用されています。

 ではなぜ、同じA型なのに、スペイン風邪の時は若者に危険が及び、現在では高齢者や乳幼児に危険が及ぶようになったのでしょうか?

 その原因とされているのが「サイトカインストーム」と呼ばれる現象です。サイトカインというのは細胞間の情報伝達を行う物質で、多くの種類があり、病気の治療に使われるものもあります(C型肝炎に使用するインターフェロンなど)。サイトカインにはまた生体防御の働きを持つものもあり、細菌やウイルスが体内に侵入すると大量に放出されて外敵から生体を守る働きをします。ただ、ヒトがある程度の免疫を持っているとその放出はゆっくりとしています。新型インフルエンザに対しては誰も全く免疫を持っていないため、サイトカインがきわめて大量に放出されることになります。そしてその反応は若者のほうが鋭敏だということは想像できます。急激にそして大量に放出されたサイトカインによって混乱が生じて、サイトカインが正常な細胞も攻撃してしまう(→多臓器不全)状態を「サイトカインストーム」といいます。

《新型インフルエンザの予防はできるの?》
 新型インフルエンザウイルスがH5N1ならば、基本的にはA型インフルエンザですから、ワクチンの開発が可能です。ワクチンには次の2種類があります。
  プレパンデミックワクチン ・・・H5N1を想定して製造
                   (試験投与開始)
  (ポスト)パンデミックワクチン・・ウイルスを確認してから製造
                   (完成まで約6か月)

《新型インフルエンザの治療はできるの?》
 H5N1なら基本的にはA型インフルエンザですからタミフルが有効と考えられています。もう一つの抗インフルエンザ薬リレンザも有効であるという論文も発表されています。

《新型インフルエンザが流行してしまったら?》
 世界中で385人がトリインフルエンザH5N1に感染・発病し、243人が死亡しています。現時点でのトリインフルエンザH5N1の致死率は63.1%ですが、パンデミック後は致死率は低下する傾向があるため、アメリカではパンデミック後の致死率を20%と予測して対策を立てています。

 日本ではどうでしょうか?厚生労働省では3200万人(全人口の25%)が感染し、64万人(全人口の2%)が死亡すると推測しています。しかしこの致死率は今までのインフルエンザをもとに推測したものなので、実際にはもっと多くの死亡者が出るとも言われています。アメリカのある研究者は日本での死者215万人と予測しています。

 東京都では人口密集という事情を考慮して、全都民の30%(3,785,000人)が感染すると想定していますが、死亡想定は14,100人で国よりも低い見積りとなっています。

 下の人口表をご覧ください。単純に計算すると江戸川区では19万人が感染し、700人が死亡(比率は都に準ずる)するという予測値になります。流行のピークは約8週間続きますから、毎日約3.400人以上の新患が医療機関に殺到することになります。

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    人口     
   日本全体 127,055,025人
   東京都   12,892,381人・・・1/10(国の)
   江戸川区    673,259人・・・1/20(都の)
  ************************


 東京都では、国の施策に沿って「新型インフルエンザ対策行動計画」を策定してあります。プレパンデミックの時期からパンデミックを経て、爆発的流行の終焉期までを6段階に分けて、それぞれの段階でのアクションプランを決めています。区報によれば、江戸川区でも「新型インフルエンザ対策行動計画」は策定済みとのことですが、区役所のホームページのどこに掲載されているのか見つかりませんでした。もっとも東京都の行動計画を読むとかなり生々しいことも書いてありますから、一般の方はあまりお読みにならないほうがよいかもしれません。

 行動計画の中に、パンデミックが起こったら、区ごとに発熱相談センター・発熱外来(両者を併せて発熱センターと呼ぶ)を設置することと定められています。保健所が予定されていますが、江戸川区ではもともと保健所が2ヶ所にあり、現在ではそれまでの保健相談所と一緒に何カ所かの健康サポートセンターという風に名称が変わっていますので、どこにそれが設置されるかわかりませんが、もともと保健所の中枢だった江戸川保健所(現在の中央健康サポートセンター)に設置される公算が強いと思います。

 発熱センターでは電話相談や実際の診察・検査などで、新型インフルエンザと他の発熱性疾患を疾患を振り分ける(トリアージ)作業が行われますが、電話が集中しても十分に対応できるのか(回線の確保)とか、発熱外来で診察前に新型インフルエンザとそうでない患者をどうやって区別するのかなど、いくつかの問題点も指摘されています。

 中国でのSARS騒動の時に、中国でも発熱外来が設置されましたが、現地の日本人会では発熱外来を受診することのほうが危険だと判断して、「とにかく家にいろ」と籠城を呼びかけたそうです。

 行動計画とは別に感染症予防法が改正されました。これによって、新型インフルエンザはそれまでの4類感染症から2類感染症にランクアップされ、強制入院や隔離が法的に行えるようになったほか、知事や検疫所長の権限が強化され、感染疑い者の外出自粛要請ができるようになりました。

《個人や家庭での防御法は?》
 家庭内に感染者がいないのであれば「籠城」が一番いいと思います。そうなるとその間の備蓄が重要になってきます。どんなものを備蓄しておいたらいいのかは厚生労働省のホームページをご覧ください。そしてどのくらいの期間を想定して備蓄をすればよいかですが、最短で2週間分、最長なら8週間分は必要だと思います。

flue_protect.jpg 防御用品を購入してもよいでしょう。感染から身を守るという意味ではイラストのように頭を包むキャップ、ゴーグルよりも広い視野が得られるフェイスシェイド(イラストでは見にくいですが透明で大きな顔を隠すサンバイザーとお考えください)、ウイルスマスク、防御服、防御手袋、シューズカバーがあれば十分だと思います。イラストではズボンはむき出しですが、防御ズボンというのは多分ないと思います。「命を捨てるよりはズボンを捨てる方がまし」と考えて、古いズボンを使い捨てにするしかないでしょう。イラストの新型インフルエンザ防御6点セットはAmazonで売ってました。税込みで¥7,800でしたが、今はいろんなネットショップで入手できると思います。

 医療機関従事者はこれに似たようなスタイルで診療にあたりますが、ということは患者さんの側もこれだけの防御してあれば発熱外来を受診しても大丈夫だということですね。

《そのとき「こども診療所」は?》
kanban600.jpg  江戸川区でパンデミックが発生したとき、こども診療所はどうなるでしょう?私が真っ先に感染して診療不能になっているかもしれません。また、発熱外来での勤務を要請されて診療所以外の場所で診療を行っているかもしれません。

 どうなるかは今の段階で何とも言えませんが、そのときの状況で可能な最善の努力をすることだけはお約束できます。

ご清聴ありがとうございました。


posted by YABOO!JAPAN at 17:03| Comment(0) | TrackBack(0) | こども診療所だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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