2015年12月24日

育児講座19「たんぼのおじやん」

oxfam.jpg 育児講座とはいっても決して堅苦しいものではありません。また、直接育児に役立つような知識というわけでもありません。世間でまかり通っている育児の情報に「ホントかいね?」と疑問を投げかけ、ちょっとした考え方の変化で育児が楽しくなるようなそんな記事を掲載しています。


     第19回  「たんぼのおじやん」

 私が生まれたのは栃木県のある地方都市です。地方都市とはいっても戦後間もないころですから、私の家から5分も歩けばもうたんぼが連なるという田園都市です。小学校へ通うにも、中学校へ通うにもたんぼの中の小道を歩いていきます。そのたんぼの一つが「たんぼのおじやん」のものでした。

 「おじやん」というのは栃木県の方言で、「おじいちゃん」という意味なのですが、なにせまだ日本人の平均余命が50歳台の時代ですから、今でいえば中年にあたる「おじさん」も「おじやん」に含まれていました。ちなみに女性は「おばやん」と呼ばれます。

 このように「おじやん」というのは普通名詞なのですが、それが「たんぼのおじやん」となると、私達悪たれの間では知らぬ者のいない有名人だったのです。この「たんぼのおじやん」はなんともおっかないおじやんで、ことあるごとに私達悪たれどもを怒鳴りつけていました。ときには農作業用の鎌を振りかざして私達を追いかけてくることもありました。

 「たんぼのおじやん」につかまるとたんぼのはずれにある掘っ立て小屋の中に連れていかれて殺されるなどという根も葉もない忠告が、毎年ピカピカの小学1年生に先輩から伝えられていました。

 そのため「たんぼのおじやん」のたんぼには誰も近づかなかったかというとまったく逆で、みんなで連れだってはおじやんのたんぼの近くを通って登下校していたのです。おじやんが作業に精を出していて見向きもしないときなどは、「おじやーん、おじやーん」と声をかけたりしながら・・・。

 稲刈りのすんだたんぼは私達の絶好の遊び場です。数あるたんぼの中でも、おじやんのたんぼは人気最高のブランドたんぼでした。寒い冬空の下でも親切な(?)おじやんは「おめーらたんぼ踏み荒らすんじゃねー」と怒鳴りながら、逃げ惑う私達を追いかけて一緒に遊んで(?)くれました。

 今の都会ではこんなおじやんにお目にかかることは滅多にありません。怒鳴るどころかちょっとした忠告ですら「余計なお世話」みたいな目で見られてしまいます。

 一方、おばやんのほうはどうかというと、怒鳴るおじやんに対してはグジャグジャ言うおばやんというのがその当時のパターンでした。おばやんのほうは今でも多少健在かもしれませんが、それでも他人の子にまでグジャグジャ言えるおばやんは本当に少ないといえるでしょう。

 今の世の中で、他人の子育てに口を出して忠告をしてもいいのは、私みたいな権威のある(?)小児科医でなければならないのです。

 このような風潮を「子育ての商品化」という視点から見てみますと、二つの側面が見えてきます。一つは、子育てを商品化しようとする勢力が、暮らしの一部分でしかない子育てを何か特別の知識が必要なものであるかのように見せかけるために専門家という権威を作り出したということ。もう一つは、この権威に人々がすがらざるをえないように、素人同士の助け合いを邪魔するような社会構造を助長してきているということです。

 商品化ということはもとをたどっていけば当然資本主義経済というところに落ち着くわけですから、今言ったような二つの側面はこれまた当然のことになるわけです。資本主義は子育てをもその大きな口で飲み込んでしまったのです。

 だから資本主義が悪いと言いたいわけではありません。知らず知らずに子どもが商品とされてしまうような今の社会体制に気づく目を持ってほしいのです。社会体制がどう変わろうとも、いえ、社会体制がどうのこうのという以前の原始社会においても、子育ての基本は変わらないのです。人々が共通の経験と知恵を分かち合っていく暮らしの中で行われるのが子育てなのです。

 怒鳴ってばかりのおじやんや、グジャグジャうるさいおばやんの経験や知恵が生かされるのが子育てなのです。そこには専門家が君臨するような上下関係も、大量生産で市場に氾濫する子育て商品(知識も含めて)も存在の余地がないのです。

 子育てを社会で支援するということが昨今言われています。いろいろな施策が行政から提案されていますが、この子育て資本主義の考え方が是正されない限り、そしておじやんやおばやんが復権しない限り本当の意味での社会的支援は実現しないのです。

 それはまた、子育てを自分たちの力だけでやっていくことをみんなで認識し、決意することだとも言えます。これを私は「子育て自給自足論」と言いたいと思います。



posted by YABOO!JAPAN at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | こども診療所育児講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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