2010年09月11日

小澤征爾への万雷の拍手

skf2.jpg 今日は下野竜也指揮によるブラームスの話を書くはずでしたが、9月9日の松本の会場で小澤征爾に送られた会場割れんばかりの拍手について気になったことがあるのでそちらを書くことにしました。

 松本市郊外にある松本文化会館は、小澤のキャンセルにもかかわらず空席なしの超満員。そして昨日も書いたように、コンサートの冒頭小澤が挨拶を終わると場内は万雷の拍手。そしてたった7分間の指揮が終わるとまたもや万雷ですらかき消されんばかりの拍手とスタンディングオベイション。そんな中で私はシートに深く腰をかけたまま、まばらな拍手を送っていました。「この人たちは何でこんなに熱狂できるんだろう???」と違和感を覚えながら・・・。

 きっと皆さんは「病気の身でありながら、たった7分間といえども聴衆に音楽を届けたい」という小澤の律儀さと熱意と誠意に胸を打たれて拍手をしているんだろうと思いました。病人を哀れんでの拍手にしては盛大すぎましたから・・・。それはそれで日本人の心情としては理解もできるし、納得もいきます。

 でも、プロの仕事として見たら、「それはちょっと違うんじゃないの?」と考えてしまうんですねぇ、私としては。

 プロっていうのは完結した仕事によって評価されるべきものだと思うんですね。松本での小澤の仕事はまったく完結していないわけですよ。「病気だからここまでしかできません」じゃ、プロとは言えないんじゃないかと思うわけです。世界の小澤相手にプロじゃないなんて自分でも大それたことを言っていることはわかっています。

 でも、たとえば私が「病気だからここまでしかできません」といって治療の途中で誰かにバトンタッチしたら、バトンタッチどころか途中で患者さんを帰してしまったら、「病気の身でよくここまでやってくれた」なんて誰も言ってくれません。「それだったら最初から別の医者を紹介しろ!」と言われるのが関の山です。

 医者の仕事と音楽の指揮を一緒にはできないとは思いますが、たった7分間だけの指揮を聴いて、「それが今小澤にできる最大の誠意だ」という気には素直になれないものがあります。本当にすまないと思うのだったら、会場にはまったく顔を出さずに治療に専念し、近い将来見事完全復活して私たちを楽しませてほしいと思うんです。

 「すまない」と言いながら、最後には「来年はばっちり!」とあの小児的楽天主義の笑顔を振りまく小澤を見ていて、ちょっとだけ「ブーイングでもしてやろうか」という衝動に駆られたのは事実です。でもあの場でそれをやったら袋叩きにあったでしょうね。

 来年のことは誰にもわかりませんが、もし来年も指揮のできない状態だったら、そちらのほうがもっとすまないことだと私は思うのですが、この辺は人それぞれでしょうね。だからあんなにすごい拍手の渦が場内を包んだんでしょうね。その場にいなかった方にはわからないと思いますが、とにかく信じられないくらいすごい拍手だったんですから。タダオザワガソコニヰルトイウダケダッタノニ・・・。




posted by YABOO!JAPAN at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | こども診療所日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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