2013年01月31日

普天間飛行場

ビーチリゾート(であってほしい)辺野古をあとにして、来るときに通った道を那覇へ向かって南へと走り始めました。途中ドライブインでの昼食(後日「ヤブロググルメ情報」に掲載します)を済ませ、向かった先は普天間飛行場のある宜野湾市です。

まず、普天間飛行場を一望できるという市内の嘉数高地公園(かかずこうちこうえん)というところに案内されました。その名の通り高台へと登っていきますが、その坂道にはヒカンザクラがもう花を咲かせていました。

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公園の上には展望台が設けられていて普天間飛行場をまさに一望できるようになっています。ビルのすぐ向こう側の広大な敷地が飛行場です。写真左の方を斜めに走っている灰色のところが滑走路です。

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宜野湾市の地図です。町のど真ん中に市全体の面積の約25%を占める飛行場があります(白い部分)。ほとんどが民有地で地主の数は3000人以上にものぼるそうです。

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基地の手前のほうに何機か並んでいるのがオスプレイです。

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公園から基地の近くに向かう途中で飛来したオスプレイです。着陸態勢に入っていますが、まさに市街地の真上です。200ミリの望遠レンズでの撮影でこの程度の大きさですから相当低空であることがわかります。プロペラが止まっているように見えるのはシャッタースピードが速いからで、いくら着陸態勢とはいってもプロペラが止まってしまったら墜落です。

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滑走路のはずれの着陸誘導灯の近く、フェンスギリギリのところまで連れていってもらいました。驚いたことに基地の中に沖縄の人のお墓(伝統の亀甲墓)があるのです。墓参りの時には許可を得て基地内に入るのだそうです。

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フェンスから着陸誘導灯まではすぐそこです。

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その場所で180度回れ右して撮影すると、フェンスから人家までの距離とほとんど変わりません。そんなギリギリのところをオスプレイを含めた米軍の飛行機が着陸しているなんて、にわかには信じられない光景でした。

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もっとも、戦後基地が造られた当時は、この辺り一帯が琉球松の松林だったそうで、民間の建物のほうが勝手に近づいてきたと言われればまあそうなんですが、過去の経緯はともかく、現時点においてきわめて危険な飛行場であることは紛れもない事実です。

一日も早く移転を完了させ町の人々に安全な生活を取り戻してほしいと願う一方、辺野古の海もそのまま残してほしいという願いもこれまた強く、飛行場の県外移設が最良の方法だとは思いますが、こんなモノを持ってこられる地域の地元の人たちの立場からすれば、「絶対反対」と言いたくなるでしょうしね。何かいい解決策はないもんでしょうかね。

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基地のゲートのほうに回ってみました。

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これが駐機中のオスプレイです。

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こんなのが10機近く駐機していました。

普天間飛行場の移設問題で揺れる今の沖縄にオスプレイを持ち込む米軍も、それを許す日本政府も、彼らは一体どんな神経を持ち合わせてるんでしょうね。

翌日、クラス会を終えて東京へ戻る那覇空港でこんな光景に遭遇しました。

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横断幕に書かれている通りです。沖縄県内の関係市町村の首長達がそろって上京する出発式です。

月曜日の夜のニュースでは、この人達が安倍総理と面会したことが報道されていました。

フレー!フレー!オキナワ!




posted by YABOO!JAPAN at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | こども診療所日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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