2007年09月18日

インカ・マヤ・アステカ展行ってきました

musee.jpg 昨日久し振りに「○○展」というのに行ってきました。この手のイベントに行ったのは6月のモネ展以来ですかね。行ってきたのは「インカ・マヤ・アステカ展」、場所は上野の国立科学博物館。高校生ぐらいまではここへも時々はやってきていましたが、大人になってからは初めてです。何年か前に新館ができたことはニュースで知っていましたが、新館を見るのももちろん初めてです。「インカ・マヤ・アステカ展」は来週の月曜(祝日)で終わりなのでさすがに混んでいました。enter.JPGまず入場券を買うために猛暑の炎天下約10分並び、そのあと入場するまでガラス張りの廊下の下で約20分並び、やっと中へ入りましたが、中も大混雑でした。このガラス張り廊下の建物が新館で(写真は展示を見終わって入場時刻が終わってから撮影したので誰も並んでいません)、博物館というイメージからちょっと離れた近代美術館という感じでした。「中南米の文明展がなんで科学博物館なの?」と思いながら来てみましたが、建物を見たらとたんに「ああこれから文明展に入るんだ」と、コロッと気分が変わりました。

maya.jpg 会場内には、マヤ文明、アステカ文明、インカ文明を中心に、いくつかの中南米文明の遺物が展示されていました。その中にはナスカの地上絵で有名なナスか文明の遺物もありました。会場内はもちろん撮影禁止なのでいくつかを絵はがきでご紹介しますが、まずマヤ文明は三大文明の中ではもっとも古く、グアテマラ(中米)あたりを中心にしたいくつかの都市国家の集合であったそうです。素朴な図柄の工芸品とマヤ文字に興味を引かれました。写真の絵皿の周縁部にまるで模様のように描かれているのがマヤ文字ですが、書くのも読むのも大変だったと思われます。文字と言うよりはまさに絵でした。

aztec.jpg 次のアステカ文明はメキシコのユカタン半島あたり(中米)の湖を干拓して都市国家を作った文明で、水に対する信仰と、信仰儀礼としての生け贄が特徴でした。写真の左が水の神様トラロックです。右の像は等身大に造られている「ワシの戦士」で、ワシのような頭と羽を持った戦装束に身を包んでいます。戦争は支配権や領土の拡張のためではなく、神に捧げる生け贄を捕虜とするためのものであったということ、そしてその戦争を「花の戦争」と呼んでいたということなどはとうてい理解できる価値観ではありませんでした。

inca.jpg そして最後がもっとも新しいインカ文明です。インカは皇帝が治める帝国で、ペルーを中心としたアンデス山中(南米)に栄えた高地文明です。NHKなどで何度も放映された世界遺産「マチュピチュの遺跡」はあまりにも有名です。インカ文明は金とミイラで代表されるでしょう。多くの人々がよく知っているので説明は省略します。右の写真は金で作られた高さ5cmほどの少年と少女の立像で、二つペアで展示されていました。

relief.jpg 以上が第1会場の展示でした。次に第2会場というのがあって、中南米の工芸品や展覧会グッズなどの売店の他、キッズコーナーというのがあって、その中にマヤの王様のレリーフ像のレプリカ(実物よりずっと小さい)から拓本を作るコーナーというのがありました。行ったときは誰もいなかったので拓本作りを始めたらこどもたちが何人か並んでしまいました。でも途中でやめるのも何だからと思って最後まで仕上げてしまいました。待たせた子たちゴメンネ。(写真中央の上の方に王様の横顔とその下にあぐらをかいて座っているからだが彫ってあります)

museemini.jpg そして文明展の会場を出て、新館の一部の常設展示をさっと見て、閉館時刻間際に旧館の出口近くにあるミュージアムショップへ寄ったら、ショウウィンドウに科学博物館旧館のミニチュアが飾ってありました(売り物)。最近鉄道模型に凝っているので、ついこのようなミニチュアに目が行ってしまうんですよね。買って帰りたい気持ちは山々でしたが、レジの行列がものすごく長かったのでやめました。いずれ木曜日の午後(木曜午後は休診なので)にでも行って買ってこようと思っています。



posted by YABOO!JAPAN at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | こども診療所日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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