
「もう5日も熱が下がらないんです。こんなに熱が続いて脳をやられませんか?」
最近はやや少なくなりましたが、昭和の頃(その頃私はすでに医者だったんです

「熱は何か病気があるから出ているんです。つまり熱は病気の結果なんですね。熱が病気の直接の原因になることは小さな子の熱性けいれん以外にはありません。問題は熱を出している病気が何かということです。扁桃腺だということがわかっていれば、熱がたとえ1週間続いても扁桃腺は扁桃腺、脳の病気になることはありません。もちろん最初はウイルス性の風邪で熱が出ていたのだけれど、途中でそのウイルスが脳に侵入して脳炎などを引き起こすことはあります。でもそれは熱が続いたためではなく、ウイルスが脳に侵入したために起こった(脳の病気だから脳がやられる)ことなんですね。お宅のお子さん場合、病気は○○で脳の病気ではありません。ですから脳がやられる心配はありません。でも5日も熱が下がらないということは今飲んでいるクスリが効いていない可能性がありますから、クスリを替えてみましょう。」
そして例によって聞かれもしないのにベラベラしゃべり始めます。「脳障害を起こすような病気には高熱をともなうものが多いんですね。主に中枢神経系の感染症といわれ細菌やウイルスが脳に侵入して脳炎・髄膜炎などを起こすものです。現代ではそれらの病気は原因や治療法がわかってきていますが、昔はこの手の病気はたいてい『熱病』と呼ばれていました。ですから、高熱=熱病=脳障害というふうに結びついてしまって、『熱が続くと脳をやられる』という迷信がはびこってしまったんです。」
話はまだまだ続きます。「特に日本では、平清盛が熱病にかかり、長いこと高熱にさいなまれたあげく『気がふれて死んだ』というふうに伝えられていますから、よけいに『高熱が続くと脳をやられる』という迷信が根強いんだと思いますよ。平家の怨念は現代まで続いているんですね。怖いですね〜。」
最初に示したような心配が減ってきたのは、若い人たちが「源平の戦い」なんてものにあまり興味を示さなくなってきたせいもあるのかもしれませんね。
とまあ、皆さんが心配なさるのは脳のことだけだと思ったら、つい最近「熱が続くと将来こどもが出来なくなる」という迷信を2人の親御さんが心配なさっていました。大きくなってからおたふくかぜにかかると不妊になるという話はあながち迷信ではないのですが、私も40年以上小児科医をやっていますが、熱が続くとこどもが出来なくなるという迷信を聞いたのは長い医者生活の中でも初めての経験でした。
平清盛にはちゃんとこどもがいましたから、「熱が続くとこどもが出来なくなる」というのは平家の怨念ではないですね。でもどうやってこのような迷信が生まれたのか私には見当もつきません。私に与えられた宿題だと思ってこれから調べてみます。