
今日ご紹介するのは、何の変哲もないソース焼きそばです。どこがグルメなんだと思われるかもしれませんが、特別に相棒に頼んで作ってもらった、私にとっては忘れられない少年の日の思い出を秘めた幻の焼きそばなんです。


なぜ幻かといいますと、この焼きそばは今から約50年前、私が生まれ育った栃木県のある地方都市で、おばちゃんが(といってもその当時35歳から40歳ぐらいだったかもしれません)リヤカーに載せた屋台で小学校の近所を売り歩いていたのです。そして私はこの焼きそばが大好きでよく買い食いしていたものなのです。ソースには甘いのと辛いのがあり、どちらかを選んでかけてもらうのですが、せこい私は「甘辛」と言って両方一緒にかけてもらっていました。両方かけても代金は同じでした。さらにせこい私は「おこげも」と言って、鉄板にこびりついたおこげも金属製のへらではぎ取ってもらって焼きそばの上にかけてもらっていました。ま、常連のわがままという奴ですね。でもそれだけだったら幻でもなんでもない、ただの「なつかしのソース焼きそば」です。
幻の幻たるゆえんは、小学5年生になったある日突然(50年前)、私がこの焼きそばを食べに行けなくなってしまったからなのです。行けなくなってしまった理由は物理的なものではなくて、精神的な壁ができてしまったとでも言いましょうか。
5年生の組替えで、私はM君と一緒のクラスになりました。M君は小柄でいつも丸刈り頭で目がクリッとしていました。温和な性格で何事にもまじめに一所懸命取り組むタイプでした。M君の家が母子家庭であることは、学期の始めに担任の先生がみんなに公表していました。この歳になって思えば、なまじ隠していじめの原因になるよりはみんなが知っていれば逆にいじめの抑止効果になると担任の先生が考えたのかなと思えるのですが、その当時の私は逆に「かわいそうな家庭の触れてはいけないこと」と受け止めてしまったのでした。
そして運命の日を迎えることになりました。その日も私はいつもの友達との帰り道でおばちゃんの焼きそばを見つけ友達を誘いました。するとその中の一人が「あれMの母ちゃんだど」と言ったのです。その言葉を聞いたとたん私はなんかものすご〜く恥ずかしさがこみ上げてきて、おばちゃんの顔を見ることができず、他の道を通って帰宅してしまいました。そしてその日以来、おばちゃんの焼きそばを口にすることは一度もありませんでした。