2017年08月24日

待合室の鉄道模型が変わりました

電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車電車


こども診療所の待合室ではもうずいぶん長いこと下の写真のようなZゲージの鉄道模型が走っていました。同じ列車が何か月も走り続けるものですから、1台ダウン、2台ダウン・・・、そしてついにほとんどの車両がダウンしてしまいました。

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そこで登場したのが、100円ショップ「ダイソー」で売っている「プチ電車」シリーズです。

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一見トミカのプラレールのように見えますが、プラレールよりちょっと小振りで、相互乗り入れは出来ません。
走っているのは新幹線N700系3両編成とドクター・イエローです。寸詰まりですが・・・。

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Zゲージは鉄道模型ですが、こちらはオモチャです。
模型とオモチャの違いは、一言でいえば精密さです。模型はきちんとした(厳密な)規格に沿って作られますが、オモチャはその辺がいい加減です。
でも見ていて楽しいのはオモチャかもしれません。

これから当分の間はこの「プチ電車」シリーズが皆さんの目を楽しませてくれると思います。
どうぞよろしく。

詳しくはブログ「こども診療所院長の休憩室」(クリックでリンクします)をご覧下さい。


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2017年06月07日

6月11日(日)医師会休日診療所勤務です

mizueyubisashi.jpg 6月11日(日)、医師会休日急病診療所の小児科担当として院長が出勤いたします。

 午前9時から午後5時までは上記の診療所で診療しておりますので、お子様の急病の際などはご利用ください。

 その間院長の携帯電話による電話相談はお受けできませんのでご了承ください。

 江戸川区医師会夜間・休日急病診療所の
   住所は     江戸川区西瑞江5−1−6
   電話番号は   03−5667−7775    です。


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2017年03月28日

インフル再び増加・四強すべて伸びる

mizueyubisashi.jpg 「江戸川区感染症定点観測」(区内31か所の定点指定医療機関での患者発生数報告)の3月13日から3月19日までの集計結果です。速報とはいえませんが、流行の流れはお伝えできると思います。

 減少を続けていたインフルエンザの報告数が小児も成人も再び増加に転じました。そればかりか、報告数の順位表に名を連ねている4疾患(四強)すべてが増加しています。偶然なのでしょうが、気にはなります。四強は先週すべて減少でした。

 さてインフルエンザを詳しく見てみましょう。まず小児のほうから。
小児インフルエンザのA型とB型の比率ですが、A:Bは報告数では68:100、共に約20例ずつ同じように増えています。比率ではB型がA型の約1.5倍で、先週の2倍弱に比べるとB型の比率は少し低くなっています。
成人インフルエンザではA:Bが報告数では44:22でA型の報告の方が多いですが、比率では先週と同じ2:1で、B型だけが特別増えたという訳でもなさそうです。

 いずれにしても今後の動向に要注意です。

 四強の残り、感染性胃腸炎溶連菌感染症は共に2桁の増加でした。

 その他の疾患には大きな変動は見られていません。

 この週2桁以上の報告数があったのは先週と顔ぶれも順位も同じ感染性胃腸炎小児インフルエンザ成人インフルエンザ溶連菌感染症の4疾患でした。

第1位《1》感染性胃腸炎 ↑↑(報告数210)
第2位《2》小児インフルエンザ ↑↑(報告数168)
第3位《3》成人インフルエンザ ↑↑(報告数66)
第4位《4》溶連菌感染症 ↑↑(報告数48)

 《 》内の数字は先週の順位、数字0はその週の報告数が1桁だった疾患です。(矢印は先週の報告数との比較で矢印1つが1桁を表しています/報告数というのは定点指定医療機関だけの集計で江戸川区全体の医療機関からの報告数ではありません)

 定期予防接種の対象となっている疾患としては、麻疹風疹百日咳の3疾患とも報告数は今週もゼロでした。このブログの更新を再開してからですと5週連続となります。

 定期予防接種の対象になった水痘は、本来こちらに移動するべきですが、まだまだ発生数が多いので、当分は順位をお知らせする疾患として扱います。この週の報告数は前の週から2例減って報告数3でした。2週連続での減少です。このまま報告数ゼロまで減少してくれるといいですね。


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2016年01月01日

謹賀新年

皆さん明けましておめでとうございます。
旧年中は少しでも皆さんの健康のためにお役に立てましたでしょうか?
今年もこども達を取り巻く健康を害するような環境からお子さんの健康を守り、維持し、増進していけるよう、職員一同昨年以上に頑張って参る所存でございます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、今年は申年です。
今年もみずえちゃんの生みの親であるイラストレーターの伊藤靖子さんが可愛いおさるさんの額を送って下さいました。

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受付横の壁に飾って皆様にご挨拶しています。こちらもどうぞよろしく。


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2014年12月12日

こども診療所のクリスマス

クリスマスまであと2週間もなくなりました。

今年もこども診療所の待合室はクリスマスムードで盛り上がっています。

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こちらの壁も

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こちらの壁も

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こちらの壁も

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受付カウンターも

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玄関も

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診察室の入り口も

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電動式鉄琴も

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この鉄琴、もう20年近く壊れずに動いています。ちょっとうるさいですけどね。かわいいですよ。

そして鉄道も

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鉄道については「ブログ:院長の休憩室」に詳しく掲載されます。

こども診療所のクリスマスデコレーション、今年はニューフェイスはありません。でも、楽しい気分が伝わってきますよ。



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2014年10月27日

こども診療所を選んだ理由

kanban600.jpg 今日初めてこども診療所を受診なさるお父さんがお子さんを連れてお出でになりました。初めての時には母子手帳をお持ちいただくようにしていますので、成長の様子や予防接種・健診の記録などを拝見すると、今までずーっと○○先生のところに通っておられましたので、「あれ?○○先生のところ今日お休みじゃないでしょ?」と尋ねますと、「あそこは2時間ぐらい待つんですよ。待ってる間に他の子から病気をうつされちゃうんで。ここは待たないって聞いたから。」

 これって褒められたんでしょうかね???

 確かにこども診療所の待ち時間は短いです。患者さんの数が少ないせいもありますが、私の診察がとても早いということも理由の一つなんです。それにスタッフも仕事の段取りが上手で、院内処方でありながら院外処方の診療所よりずっと短時間で診察後の事務処理やおクスリの用意をできていると自負しています。

 昔病院に勤めていた頃、ある看護師さんに「先生の診察は不親切だ」と言われたことがあります。「なぜ?」と訊きますと「あんな短い診察時間じゃ十分な説明ができるわけがない、せっかく来て下さった患者さんに申し訳ない」と言うのです。私が心外なことを言われて「そ〜お?お母さん方皆さん納得して帰られるけど・・・」と自信満々に答えたのがいけなかったらしく、その看護師さんは診察後のお母さん何人かに私の診察態度の評価を尋ねたらしいのです。

 しばらくたってその看護師さんがやってきて「先生ゴメンナサイ、皆さん十分説明してもらったって、説明がすごくわかりやすかったって喜んでました」。

 私は診察そのものも早いですけど、説明も早いです。早いけれど大事なことはわかりやすくお話しすることを常に心がけています。特に医学的な事柄は、日常生活で遭遇するような出来事にたとえてお話しするようにしています。最初医学的な内容を説明したあとで、そのようなたとえ話をすると、皆さん「うんうん」とうなづいてよく理解して下さいます。

 短時間で理解していただければ、次の患者さんをあまりお待たせしないですみます。待ち時間が短いのはそんな工夫もあるのだと思っています。

 でもやっぱり、「先生は腕がいいって評判なんでやってきました」な〜んていう理由で来てくれたら嬉しいんですけどね。



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2013年12月25日

東京スカイクリスマスツリー

昨日はクリスマスイブ。

今日が正真正銘のクリスマス。

そして今夜の東京スカイツリーです。

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デジイチフルオート、200ミリズームで一之江から撮影しました。もちろん三脚・ワイヤードシャッター使用です。それでもノイズリダクションが入りました。ちなみにシャッター開放時間は6.7秒でした。




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2013年12月24日

東京ディズニーシークリスマススペシャル

メリークリスマス

東京ディズニーシーのクリスマスイベント「カラー・オブ・クリスマス」(12月25日まで)を動画でお届けします。

クリスマスイブスペシャルです。

風がとても強かったので風の音(ノイズ)ばかりが聞こえますが、画像の方をお楽しみ下さい。

でもどういうわけかツリーが傾いてたんですよね。






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2013年08月24日

ダットサン フェアレディー

こども診療所が夏休み中だった先週のある日、Zゲージ鉄道模型のパーツを買いに銀座の天賞堂に行き、竹葉亭で夕食を食べようと、銀座4丁目角の日産ギャラリーの前を通ったら、見たことのない車が展示されていました。

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ダットサン・フェアレディーです。

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フェアレディーといえば、私たちが大学生だった頃(50年ぐらい前の話ですが)、車好きの若者の憧れの的でしたが、それはダットサン・フェアレディー2代目でした。

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ダットサンというのは、日産自動車が外国で車を売るときの商標で、DUTSUNと書きます。でもそれは日本人の勝手な思い込みで、アメリカでは「ダッツァン」あるいは「ダッツン」と発音されていたようです。

このダットサン・フェアレディー(初代フェアレディー)は国内ではごくわずかしか販売されなかったようです。だから見たこともなかったんですね。

アメリカ仕様の左ハンドルです。国内でもこのまま販売されたそうです。

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この車の型式、「SPL213」というのは、Sが「スポーツ」、Pが「パワーアップ」、Lが「レフトハンド(左ハンドル)」の頭文字で、最初の2はその車種の何世代目にあたるかなんだそうですが、ダットサンセダン210をベースに製作した車なので初代なんだけれど2になってるんだそうです。次の1は「小型乗用」を意味し、次の3は3回目のマイナーチェンジモデルを意味しているんだそうです。

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私たち当時の若者が「フェアレディー」と呼び出したのは2代目からで、まだダットサンフェアレディーでした。排気量はなんと1600ccだったそうです。

ちなみにニッサンギャラリーに展示されている初代フェアレディーは1200ccでした。今では考えられませんね。

でも、この2代目フェアレディーはのちに2000ccエンジンを積んで、国産車初の200km/h超のスピードを出す本格的スポーツカーになったのです。

私は大学2年生の時に友達にこの車を借りて、東名高速で200km/hを体験しました。横を見ると「景色が飛ぶ」どころか景色が色としか映らず、ただただ前を見て運転していた記憶があります。気持ちいいというより怖かったです。

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そしてフェアレディーのスポーツカー魂は3代目フェアレディーに受け継がれました。3代目からはニッサン・フェアレディーとなり、後にZがつくようになりました。ニッサン・フェアレディーZの誕生です。

2400ccエンジン搭載のフェアレディーZはアメリカで240Z(トゥーフォーティーズィー)とかダッツン・ズィーと呼ばれて人気を博しました。

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そして現在のフェアレディーZです。

ほんのひととき、50年昔の若かった頃を思い出させてくれたダットサン・フェアレディーSPL213のお話しでした。



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2013年07月05日

日光のクリンソウ

6月23日(日)に日光へクリンソウを見に行きました。

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クリンソウというのはサクラソウ科の多年草で、湿気の多い土地を好みます。

日光のあたりでは別に珍しい草花ではなくて、その辺の原っぱとか、民家の庭先にも咲いています。でも、群生地となると珍しいので、毎年この時期になると日光中禅寺湖畔のある場所はクリンソウ見物の客で混み合います。

その場所とは・・・。
下の中禅寺湖の地図の左端のほうにある千手ヶ浜というところです。

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私たちはあまり時間がないので、中宮祠というところからモーターボートに乗って千手ヶ浜に向かいました。
ボートの舳先の向こうが目指す千手ヶ浜です。

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途中ボートの中から竜頭ノ滝が見えました。

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私たちが乗って来たモーターボートです。
中禅寺湖の向こうに見えているのが男体山です。

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クリンソウという名の由来はこれです。

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お寺の五重の塔とか三重の塔のてっぺんには、この写真のような9つのリングが必ずついています。これを九輪といいます。

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クリンソウの花の咲き方がこの九輪に似ているところから名付けられたのです。

群生地に咲くクリンソウをご覧ください。

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花の色は、白からピンクを経て、赤ないし赤紫と多種多様です。黄色い花もあるのだそうですが、この群生地に3株ぐらいしかないそうです。私たちは見つけることができませんでした。

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白と赤のモザイクになった花もありました。

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帰りは遊覧船でゆっくりとご帰還です。

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空が晴れていたら観光ポスターにでもなりそうな構図ですね。

ところで、最近の日光クリンソウ情報では、今年は花持ちがよくて、今月いっぱい楽しめそうだとのことでした。

保証はいたしかねますが、一度訪れてみてはいかがですか。癒されますよ〜。



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2013年05月29日

奇跡のハイビスカスに花が咲いた!

下の2枚の写真は、昨年の8月13日(奇しくも私の誕生日でした!)の記事「甦ったハイビスカス」に掲載した枯れ木同然のハイビスカスが奇跡的に芽吹いた様子です。

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秋から冬にかけて室内で大切に育てたあのハイビスカスがついに花を咲かせました。艶のある濃い緑色の葉っぱもこんなに茂りました。
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花の色も原色の赤でけっこう大きく開きました。
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下の写真は翌日咲いた花です。これも見事でした。
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太陽の光を直接浴びられるように室外へと移動いたしました。まだつぼみは5個しか確認されていませんが、これから夏に向けて次第につぼみも出てくると期待しています。



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2013年02月12日

富士が燃える

先週の土曜日(2月9日)、ダイヤモンド富士を撮影しようと思ってカメラを用意しておいたところ、もう少しで太陽が富士山の真上に来るというところで、トイレを我慢できなくなり(年寄りはヤダねぇ)、戻ってきたらすでに太陽は沈んでしまっていました。

未練がましくシャッターを切ったのですが、こんな写真が撮影できました。連続クリックで拡大できます。

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富士山が燃え上がっているように見えますよね。

「天城越え」じゃありませんけど、「富士が燃〜えるぅ〜」ってか。


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2013年01月31日

普天間飛行場

ビーチリゾート(であってほしい)辺野古をあとにして、来るときに通った道を那覇へ向かって南へと走り始めました。途中ドライブインでの昼食(後日「ヤブロググルメ情報」に掲載します)を済ませ、向かった先は普天間飛行場のある宜野湾市です。

まず、普天間飛行場を一望できるという市内の嘉数高地公園(かかずこうちこうえん)というところに案内されました。その名の通り高台へと登っていきますが、その坂道にはヒカンザクラがもう花を咲かせていました。

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公園の上には展望台が設けられていて普天間飛行場をまさに一望できるようになっています。ビルのすぐ向こう側の広大な敷地が飛行場です。写真左の方を斜めに走っている灰色のところが滑走路です。

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宜野湾市の地図です。町のど真ん中に市全体の面積の約25%を占める飛行場があります(白い部分)。ほとんどが民有地で地主の数は3000人以上にものぼるそうです。

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基地の手前のほうに何機か並んでいるのがオスプレイです。

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公園から基地の近くに向かう途中で飛来したオスプレイです。着陸態勢に入っていますが、まさに市街地の真上です。200ミリの望遠レンズでの撮影でこの程度の大きさですから相当低空であることがわかります。プロペラが止まっているように見えるのはシャッタースピードが速いからで、いくら着陸態勢とはいってもプロペラが止まってしまったら墜落です。

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滑走路のはずれの着陸誘導灯の近く、フェンスギリギリのところまで連れていってもらいました。驚いたことに基地の中に沖縄の人のお墓(伝統の亀甲墓)があるのです。墓参りの時には許可を得て基地内に入るのだそうです。

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フェンスから着陸誘導灯まではすぐそこです。

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その場所で180度回れ右して撮影すると、フェンスから人家までの距離とほとんど変わりません。そんなギリギリのところをオスプレイを含めた米軍の飛行機が着陸しているなんて、にわかには信じられない光景でした。

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もっとも、戦後基地が造られた当時は、この辺り一帯が琉球松の松林だったそうで、民間の建物のほうが勝手に近づいてきたと言われればまあそうなんですが、過去の経緯はともかく、現時点においてきわめて危険な飛行場であることは紛れもない事実です。

一日も早く移転を完了させ町の人々に安全な生活を取り戻してほしいと願う一方、辺野古の海もそのまま残してほしいという願いもこれまた強く、飛行場の県外移設が最良の方法だとは思いますが、こんなモノを持ってこられる地域の地元の人たちの立場からすれば、「絶対反対」と言いたくなるでしょうしね。何かいい解決策はないもんでしょうかね。

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基地のゲートのほうに回ってみました。

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これが駐機中のオスプレイです。

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こんなのが10機近く駐機していました。

普天間飛行場の移設問題で揺れる今の沖縄にオスプレイを持ち込む米軍も、それを許す日本政府も、彼らは一体どんな神経を持ち合わせてるんでしょうね。

翌日、クラス会を終えて東京へ戻る那覇空港でこんな光景に遭遇しました。

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横断幕に書かれている通りです。沖縄県内の関係市町村の首長達がそろって上京する出発式です。

月曜日の夜のニュースでは、この人達が安倍総理と面会したことが報道されていました。

フレー!フレー!オキナワ!


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2013年01月29日

辺野古の海

東大医学部卒業40周年記念のクラス会が沖縄で開催され、先週末土曜日に臨時休診とさせていただいて那覇まで行ってきました。クラス会は夕方からでしたから、土曜日の診察終了を1時間ほど繰り上げて午後の便で出発しても間に合ったのですが、この時期に沖縄へ行くのだったら、普天間飛行場とその移転先の候補である辺野古を是非ともこの目で見てきたいと思い、お休みとさせていただきました。

ちなみに私は過去に3〜4回沖縄に行ったことがあり、観光地はだいたい見尽くしていますので、今回は別の角度から沖縄を見てみたいと思った次第です。

今日はまず辺野古の様子をご覧ください。

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空に向かってフルオートで撮影しているので暗い写真になってしまいましたが、辺野古の信号とその先に交通標識が写っていて、那覇まで67kmと表示されています。辺野古は那覇市の北約70kmのところにあります。高速道路を通って1時間ちょっとで着きました。

観光タクシーの運転手さんに連れられて「ここが辺野古です」と言われたときの私。がく〜(落胆した顔) がく〜(落胆した顔) がく〜(落胆した顔)。ここって海水浴場じゃないの?

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珊瑚砂の遠浅の海岸。静かな波は陽光にきらめき、遠く小島を望む風景は、いかにも軍事施設という風景を想像していた私には意外や意外でした。

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そして、始祖鳥の化石も・・・。ではありません。足下の砂浜には人間の靴跡の上を歩いた水鳥の足跡がくっきり残っているような、それはそれはのどかな光景でした。

でもちょっと引いて写真を撮ると・・・。

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左手になにやら堤防のようなものが写っています。

でもこれは海水浴場ではよく見る光景です。

近づいてみると、これはなんとフェンスだったんですね。

ここが日本とアメリカの国境です。

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そしてフェンスの金網には移転に反対する人たちの横断幕がびっしりと・・・。

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このフェンスはずっとずっと丘の上まで伸びています。

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丘の上を走る道路側まで行くと、米軍「キャンプシュワブ辺野古弾薬庫」のゲートが・・・。

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そして基地の中なのにさらに厳重なゲートに守られた弾薬庫への入り口が・・・。


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そう、ここは紛れもない米軍の基地なのです。

もう一度海岸に戻ります。

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フェンスに遮られていても辺野古の海岸は続いています。フェンスの金網越しに撮影するとやはりのどかな美しい海岸が望めます。辺野古は大きな湾の一部なのです。海中には珊瑚が生息し、近海にはジュゴンも生息しているそうです。

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湾の反対側から遠く辺野古を眺めてみました。

ここを埋め立てて飛行場を造るなんて誰が考え出したんでしょう。とても人間の考えることとは思えません。

環境アセスメントを行ったということですが、この海に人間の手を加えようと考えること自体環境破壊以外のなにものでもないことは誰の目にも明らかです。

この美しい海岸がこのままの姿で次の世代、そしてさらに次の世代へと受け継がれることを切に祈りながら辺野古をあとにしました。



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2012年09月29日

尖閣諸島国有化

ご主人のお仕事の関係で中国に在住し、年に1回か2回帰国して、健康上の問題があるとこども診療所にいらっしゃるお子さん、ついこの間中国へ戻られたのに数日前に突然受診されました。「危険だから戻られましたか?」と尋ねると、やはり今回の尖閣諸島国有化に対する反日行動がかなり厳しい情勢で、おちおち外出もできないような状態だそうです。

このブログでは政治的なことは、直接お子さんの健康に関わる厚生労働省の行政に関する事項を除いて、今まで触れたことはありませんが、今回の尖閣諸島国有化に関しては一つだけ言っておきたいことがあります。

尖閣諸島がどの国の領土であるかとか、国有化そのものの問題点はなんなのかということではありません。国有化を行った時期(プロセス)に関してです。

当初私も、中国はなんでこんなに強硬な姿勢をとるのかといぶかしく思っていました。しかし、そのうちロシアで開かれたAPECの会場で、立ち話ながら中華人民共和国国家主席である胡錦濤が、日本国総理大臣である野田佳彦に向かって、尖閣諸島の国有化は行わないでくれと伝えたということを知って、中国が怒る(あるいは怒ったふりをする)のは当たり前だと思うようになり何人かの知人にそのことを話しました。

我が国が尖閣諸島の国有化に踏み切ったのは、胡錦濤と野田佳彦の立ち話会談のわずか3日後です。いくら立ち話だったとはいえ(正式な要請ではないと判断したのかもしれませんが)、国家主席が頼んだことを全く無視したといえるような時期に国有化をしたということは胡錦濤の顔に泥を塗った、ひいては中国の国家そのものの顔に泥を塗ったと言われても仕方ないと思います。これで怒らなかったら(あるいは怒ったふりをしなかったら)国際社会の中で中国は弱腰国家というレッテルを貼られてしまうでしょう。

中国政府としては「顔に泥を塗られた」なんていう理由を表立って発言することはできませんが、昨日中国で元外相が政府を離れた人間としてそのことに触れ、「面目をつぶされた」と、怒りを持って訪中の日本人グループに表明したとのニュースを見て、やっぱりなと思った次第です。

つまり、中国は「顔に泥を塗られた」(国家主席が総理大臣に頼んだのに無視された)と言える状況を上手に利用して、今後の対日本外交を有利に進められるようになってしまった、また、日本はそうさせてしまったと言えると思います。(実際に頼んだのか、それとも強く反対したのか、脅迫的に通告したのかは不明です)

胡錦濤が「国有化するな」と言ったのだったら、我が国は直ちに国有化せず、直ちに「日本国は我が国固有の領土である尖閣諸島の国有化を行うつもりだったが、中国国家主席が我が国固有の領土に対して国有化するなと言ったのだから、中国政府は何らかの合理的解決策を提案する用意があるものと考え、国有化の実施を当面控え、中国側からの合理的提案を待つこととする」とかなんとか声明を出しておけば、そのあとの状況はだいぶ違ったかも知れません。

日本側が有利な立場になり、しばらく待っても中国側から妥当な提案がなければその時点で、「国家主席の顔を立てて折角待ってあげたのに中国側はなんの提案もしてこなかった」というニュアンスで堂々と国有化宣言すればよかったのではないかと思うのです。国際社会も日本の立場を支持すると思います。

これは日本の外交上の大失態です。私は12〜3年前まで国際協力の仕事に携わっていましたが、私程度のレベルでも相手のメンツをつぶす(あるいはつぶしたと言われる)ようなことはしないように細心の注意を払っていました。ましてや一国の総理大臣がそのような行動をとろうとしたら外務省は絶対に反対し止めるべきだったのです。

国連では日本も中国も強固な姿勢を崩さず真っ向から対立していますが、国有化そのものはともかく、そのプロセスにおいて外交上の段取りが悪かったのは絶対に日本側なのですから、ここまでこじれてしまった日中関係の改善のためには、胡錦濤国家主席の面目をつぶしてしまった(と相手に言われてしまうような)失敗をどうやって相手の面目が立つように修復することができるかにかかっていると思います。

メンツというのは、相手が「つぶされた」と言ってしまったら、相手の気持ちを翻すことは難しいと思いますが、多くの第三者が「いや別につぶされたわけではないよ」と思える状況を作り出せれば、相手はあまり強腰には出られなくなります。

中国との直接対決もいいですけれど、まわりの多くの国々が「いや別につぶされたわけではないよ」と思える状況を作り出す外交努力も必要なのではないでしょうか?

先程「私程度のレベル」と申し上げましたが、私程度のレベルの国際協力でも、いかに相手のメンツをつぶさずにこちらのやりやすいように物事を進めるかが勝負なのです。

外交官なんていうとスマートでかっこいいという印象が強いのかもしれませんが、勝負所は同じだと思います。その辺の腹の探り合いが外交の本質だと思います。今まさに日本外交の真価が問われているのだと思います。ちょっと大げさですが・・・。

今回の問題で「中国はけしからん」と思っている方も多いかと思います。確かに中国はけしからんことも結構やっています。しかし、今回の国有化の時期に関してはけしからん(外交上の段取りが悪かった)のは日本のほうだということを知っていただきたくて、あえて政治的な発言をしてみました。



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2012年09月28日

ドビュッシー生誕150年

今年はフランスの作曲家ドビュッシーの生誕150年にあたるそうで、ブリヂストン美術館で「ドビュッシー、音楽と美術」と銘打った美術展が開かれています(10月14日(日)まで)。この美術展の公式サイトはこちらです。

「ドビュッシーがなんで美術展なんだよ???」と思いましたが、ドビュッシーの音楽は嫌いではないし、そう思えば彼の音楽は絵画的でもあるな、ということで、積極的参加の相棒に引っ張られて行ってきました。

この美術展の出品作でもありポスターにも使われているのはルノアールの絵です。
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二人の娘がピアノを弾いている絵で、ルノアールとドビュッシーは同時期にパリで活動していたし、音楽に関係ある絵だし、ルノアールなら客寄せにもなるし、ということでこの絵をポスターに選んだのかと思いましたが、それはそうとしてそれ以外にももっと大きな理由があったのです。

というところで、ここからはドビュッシ−の音楽を聴きながら読んでください。(すごいサービス!)


ドビュッシーという人は交友関係のものすごく広い人だったらしく、それは公式サイトの中に掲載されていますが、音楽家のみならず、画家・詩人・舞台芸術家など様々なジャンルの芸術家やその愛好者と親交があったようです。

その中の一人物の娘2人がポスターに選ばれたルノアールの絵のモデルなんだそうです。ドビュッシーとルノアールはそれほど深い親交があったようではないのですが、ドビュッシーと娘達の父親は終生の友人だったらしく、またドビュッシーは娘のうちの一人に曲を送ったりしています。

そんなわけでこの美術展の出品作品の中では最もドビュッシーに縁が深いと言えるのではないでしょうか。

もっとも、20世紀に入ると写真という物が登場してきますので、パリのサロンの様子や寄宿舎の様子など、記念写真的な作品も出品されていました。その中にはドビュッシー自身も撮影されたものがありますからそっちのほうが縁が深いといえば言えます。

また、ドビュッシーの肖像画も何点か出品されていてそれらもドビュッシーとの縁が深いことは深いですが、ドビュッシーの写真や肖像画では客が来ませんからね。

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左が出品された肖像画の一つ。右がこの美術展用に誕生したキャラの「ドビュちゃん」です。ミュージアムショップにはこのキャラクターグッズが色々と用意してありました。それらも公式サイトで見ることができます。

そんなわけで、出品された作品もドビュッシーの交友関係に負けず劣らず多岐にわたっていて、絵画・版画・彫刻・工芸品・楽譜・詩集、ありとあらゆるジャンルの芸術作品が展示されていました。

中でも特筆すべきはジャポニスムの影響力の大きさだと思います。ドビュッシーが活躍した時代というのはジャポニスムの最盛期ともいう頃でした。ドビュッシーも「ワタシニッポンダイスキ」人間だったらしく、書斎には仏像が置いてあったり、友人に浮世絵をプレゼントしたりしたようですが、彼の作曲した有名な「海」の楽譜の表紙は北斎の「神奈川沖波裏」の大波の部分をそのままトレースした図案でした。ズル〜イ!
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オリジナルも楽譜も両方出品されていました。

ま、それはともかく、この美術展を見終わって感じたことはジャポニスムの偉大さ、奥の深さです。ジャポニスムというと「あ、浮世絵ね。あの大胆な構図や日本的なものへの憧れね。」などと簡単に美術の世界だけで考えていましたが、いえいえそんなことはありません。ジャポニスムは単に美術の分野にとどまらない、それ以上に、芸術の分野にとどまらない社会文化ともいえる広がりと奥行きを持っていたのだと思いました。しかも100年以上も前の頃に!

確かにドビュッシーが憧れたのは日本の美術工芸品だったかもしれません。でもその日本的なるものはきっと彼の感性に吸い込まれて彼の音楽の中に息づいていたと思うのです。「海」の楽譜の表紙はパクリかもしれないけれど、ジャポニスムは世紀末から20世紀初頭のヨーロッパに、社会文化として強い影響力を発揮したと感じられたのです。

そう感じられたのは、この美術展がドビュッシーという音楽家を通して見た美術展だったからだと思います。ただ単に「印象派から近代へ」とか「世紀末ジャポニスム展」とかいうタイトルで画家だけの美術展だったら、昔ながらに「あ、浮世絵ね。あの大胆な構図や日本的なものへの憧れね。」で終わっていたかもしれません。

我々は日本的なものにもっと誇りを持たなければならない。そのためには日本的なものをもっとよく知らなければならない。日本的なものには確かにあまり好ましくない側面もあるけれど、社会文化としてのジャポニスム、あるいはジャパネスクなるものは、今こそ世界に向けて発信していかなければならない。

昼食抜きの空腹を抱えながら、そんなことを考えつつ夕べの日本橋を帰路についたのでありました。




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2012年09月07日

またまたフェルメール

いま東京には2つのフェルメールが同時に来日しています。1つは東京都美術館で9月17日まで開催されているマウリッツハイス美術館展に展示されている「真珠の耳飾りの少女」で、こちらは8月15日にこのブログでご紹介しました。そしてもう1つが、同じく9月17日まで国立西洋美術館で開催されているベルリン国立美術館展に展示されている「真珠の首飾りの少女」です。

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東京都美術館と国立西洋美術館は両方とも上野の森にあって、歩いて5分足らずの近距離にあります。私は昨日木曜日の午後国立西洋美術館に行きましたが、会場内にはマウリッツハイス美術館展のレジ袋を持った人も来ていました。1日で2つの美術展をはしごするのは相当な体力だと思いますけどね。

ところで、ベルリン国立美術館というのは一つの建物があるのかと思っていたら、いくつかの美術館群を合わせてそう呼ぶんだそうです。

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この作品、フェルメールの最高傑作との呼び声も高いそうなのですが、私はあまり好きではなかったですね。例によって黄色と青のコントラストはあるのですが、黄色は色あせたクリーム色みたいだし、青はいつものプルシャンブルーではなくミッドナイトブルーとでも言えそうな暗い色だし、少女の表情や所作にもチャームポイントがないし、少女というよりどこかオバサンくさいし・・・。

あまり芸術的な評価ではないんですけど・・・。

今まで見た3作品、「ミルクを注ぐ女」・「真珠の耳飾りの少女」・「真珠の首飾りの少女」の中ではなんといっても「ミルク」が最高だと思います。次が「耳飾り」ですかね。素人の独断と偏見ですが・・・。

それよりもexclamation
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この美術展には「聖母子」と題された作品が6点も出品されていたんです。

「母と子」をテーマに「おっぱい人形」を蒐集している私にとっては、こっちのほうが興味津々でしたね。もっとも、私の興味の対象は「聖」ではなく「俗」、宗教色のない世俗的な母子像ですがね。

私のコレクションについては、このブログの「やぶろぐコレクション」のカテゴリーを是非是非ご覧下さい。

6作品全部の絵はがきを買いたかったのですが、残念ながらミュージアムショップではこの2作品の絵はがきしか売ってませんでした。

ber4.jpgところで、この肖像画の人物、どこかで見たことありませんか?

この美術展の出品作品の一つなのですが、私は高校の世界史の教科書で見ました。

宗教改革のマルチン・ルターですね。

国立美術館に所蔵されるほどの有名な絵だとは知りませんでした。

ということで、フォーカスの定まらない消化不良気味の美術展になってしまいました。



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2012年08月15日

フェルメール:真珠の耳飾りの少女

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 東京都美術館で9月17日まで開催されているマウリッツハイス美術館展に行ってきました。マウリッツハイス美術館というのはオランダのハーグにある美術館だそうで外観はこんなです。この絵も出品作の一つです。

 私はマウリッツハイス美術館のことを知らなかったもので、フランドル絵画の展覧会程度にしか認識していなかったのですが、この美術館はあの有名なフェルメール作の「真珠の耳飾りの少女」を所蔵してるんですね。

 そしてこの展覧会の目玉もその「真珠の耳飾りの少女」です。

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 この絵は「青いターバンの少女」とか「ターバンを巻いた少女」とか、別のタイトルで呼ばれることもあるようですが、今回は「真珠の耳飾りの少女」で登場しました。スポンサー企業には「ミキモト」がしっかりと名前を連ねていました。

 普段我々が目にする画像のターバンは上のような色使いでプリントされていますが、実際のターバンはもっともっと色あせた感じで、薄いブルーグレーに近いような色でした。

 何年か前に来日した「ミルクメイド」の青があまりにも鮮明だったため、色あせた青はフェルメールに似合わないと勝手に決めたメディアがわざとくっきりした青でプリントしているのかも知れません。

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 はっきり言って私は今まさにミルクを注ごうとする一瞬を凝縮させた「ミルクメイド」を観たときのほうが感動しました。「真珠の・・・・」に描かれた少女は特定のモデルではなく、画家のイメージをキャンバスに再現した「トローニー」と呼ばれる人物画なのだそうです。この少女の口元が人気の一つらしいですが、私にはだらしなく開かれた口に見えてしまって、私はこの絵をあまり好きになれません。

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 私が好きなフランドル絵画は上のような風俗画です。庶民の生活が活き活きと描かれていて好感が持てます。上の絵も出品作の一つです。

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 ところで、第一生命もスポンサー企業の一つですが、第一生命は同社のイメージキャラクターである武井 咲をこの展覧会のオフィシャルサポーターとやらに仕立て上げ、こんな写真を撮影していました。

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 武井 咲だけを拡大するとこんな感じです。似ていると言えば似ているし、似ていないと言えば似ていないしというところでしょうか。

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 それよりも笑えたのはこちらです。「真珠の耳飾りのミッフィー」です。ミュージアムショップで売っていました。相棒が気に入って買ってきたものを撮影しました。

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 こんな大きな真珠の耳飾りをしてるんですよ。でも、ミッフィーの耳ってこんなところにはないですよね。




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2012年08月14日

高齢者の仲間入り

昨日8月13日、65歳の誕生日を迎えました。これで私も高齢者の仲間入りです。

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こどもみたいですがバースデイケーキも用意してもらいました。年取ったらこどもに戻るって言いますからね。

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ちゃんと名前も入ってます。



そして恒例の「ローソク、ふーっ!」です。

年齢的には高齢者になりましたが、まだまだ仕事は頑張りまっす。どうぞよろしく。



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2012年08月13日

甦ったハイビスカス

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この枯れた鉢植え、何の木だと思いますか?

ハイビスカスなんです。下の2枚の写真は3年前にこのブログに掲載した時の同じハイビスカスの木です。
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16年前にこども診療所をオープンしたときお祝いにいただいた鉢植えで、ずっと室内で育ててきました。一時は私の背丈よりも高くなりましたが、室内ですからそんなに高くはできず何回か剪定を行いました。上の写真を撮影した当時は直径15pもある大きな花を咲かせていました。

その後事情があってベランダに引っ越しましたが、熱帯系の植物なのに1年目の冬、2年目の冬はけなげに乗り越えてくれました。そして去年の冬も乗り越えて、春先には新しい芽も吹き始めたのですが、どういうわけか新しい芽は次々に枯れてしまい、一番上の写真のようなかわいそうな姿になってしまいました。

枝を切り詰めればそこから新しい芽が出てくるのではないかと思って何度か剪定を試みましたが、切った当初はみずみずしい切り口もすぐに枯れた茶色に変わってしまい、再生をほとんどあきらめてしまいました。

しかし、いつまでたっても緑色の消えない小さな枝がいくつかあるのに気づき、「まだ完全に死んではいない!」と信じ、2か月ほど前から奇跡を祈りつつ養生を再開しました。

梅雨が明けて真夏の太陽の光を浴びるようになれば甦るのではないかと思いつつ養生を続けましたが、連日の猛暑の中でも枯れ枝は枯れ枝のままでした。

と・こ・ろ・が exclamation×2

夏休みで2〜3日家を空け戻ってきた私の目に飛び込んできたのは、小さな緑色の新しい芽をつけたハイビスカスでした。

ハイビスカスは甦ったのです がく〜(落胆した顔)わーい(嬉しい顔)手(チョキ)晴れぴかぴか(新しい)

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大きな3本の枝のうち芽吹いたのは2本だけですが、残る1本も必ず芽吹いてくれると信じています。

そして、「今年の冬は室内で大事に育ててあげるから、いつかきっと真っ赤な花を咲かせてね」とハイビスカスにやさしく声をかけるメルヘンチックな私でした。ニアワネ〜



ラベル:ハイビスカス
posted by YABOO!JAPAN at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | こども診療所日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする