一部モアレがそのままになっています。お見苦しい点をお詫び申し上げます。
2008年06月25日
2008年06月18日
みずえちゃんカレンダー(その6)
1998年(平成10年)のカレンダー一挙公開です。












この年は寅年だったんですね。それで1月のカレンダーは獅子舞ならぬ虎舞いです。
ところで、この年の3月にスキャナーを替えました。その当時の私は「モアレ」という言葉さえ知らず、当然「モアレ除去」なんていう機能があろうなどとは想像だにできず、4月から6月までの3ヶ月間のカレンダーはモアレばっちりのままです。その後「モアレ除去機能」を知って、モアレのないきれいなカレンダーになりました。
思えば私もまだまだパソコン初心者だったんですね。イラストレーターの伊藤さんから送っていただいた原画もどこにしまったかわからなくなってしまって修正もできないので、そのまま掲載します。オハズカシイ。
ところで、こうやって1年分並べてみると、懐かしい歌を思い出させるカレンダーがいっぱいありますね。
1月と2月はちょっと思いつきませんが、たとえば、3月はザ・タイガースの「花の首飾り」(イラストは花の冠ですけど)。4月は
サイクリング、サイクリング、ヤッホー、ヤッホー
(歌のタイトルは忘れましたが、小坂一也という歌手が歌っていた古い歌です)。5月は
ぽっぽっぽ、はとぽっぽ、豆がほしいかそらやるぞ、みんなで仲良く食べに来い
。6月は
あれあれあの子はずぶぬれだ、きみきみこの傘さしたまえ、ピッチ、ピッチ、チャップチャップ、ランランラン
。7月は
シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ
。8月は
ホ、ホ、ホタル来い、あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ、ホ、ホ、ホタル来い
。
9月のカレンダーで、みずえちゃんとしんくんの後ろにあるのは大きなお月様です。その月を見てウサギが跳ねています。
ウサギ、ウサギ、何見て跳ねる、十五夜お月さん見て跳ねる
10月もちょっと思いつきません。11月は
枯れ葉よ〜
ですかね。でもシャンソンというムードのイラストではありませんね。
12月のカレンダーは「ママがサンタにキスをした」という歌をもじった「みずえちゃんがしんくんサンタにキスをした」です。
I saw mammy kissing Santa Claus
この年は寅年だったんですね。それで1月のカレンダーは獅子舞ならぬ虎舞いです。
ところで、この年の3月にスキャナーを替えました。その当時の私は「モアレ」という言葉さえ知らず、当然「モアレ除去」なんていう機能があろうなどとは想像だにできず、4月から6月までの3ヶ月間のカレンダーはモアレばっちりのままです。その後「モアレ除去機能」を知って、モアレのないきれいなカレンダーになりました。
思えば私もまだまだパソコン初心者だったんですね。イラストレーターの伊藤さんから送っていただいた原画もどこにしまったかわからなくなってしまって修正もできないので、そのまま掲載します。オハズカシイ。
ところで、こうやって1年分並べてみると、懐かしい歌を思い出させるカレンダーがいっぱいありますね。
1月と2月はちょっと思いつきませんが、たとえば、3月はザ・タイガースの「花の首飾り」(イラストは花の冠ですけど)。4月は
9月のカレンダーで、みずえちゃんとしんくんの後ろにあるのは大きなお月様です。その月を見てウサギが跳ねています。
10月もちょっと思いつきません。11月は
12月のカレンダーは「ママがサンタにキスをした」という歌をもじった「みずえちゃんがしんくんサンタにキスをした」です。
2008年06月11日
みずえちゃんカレンダー(その5)
今日ご紹介するのは平成9年9月から12月までのみずえちゃんカレンダー(江戸川区一之江にある小児科の瑞江大橋こども診療所オリジナルカレンダー)です。





それぞれのイラスト部分もご覧に入れます。





上のカレンダーと見比べればおわかりと思いますが、イラスト部分をただ四角く切り取っただけでは、「何月」という数字が入ってしまいます。この辺はフォトショップで修正して、始めからイラストとして描かれたようにして保存してあります。芸の細かいところもお見逃しなきよう。
それぞれのイラスト部分もご覧に入れます。
上のカレンダーと見比べればおわかりと思いますが、イラスト部分をただ四角く切り取っただけでは、「何月」という数字が入ってしまいます。この辺はフォトショップで修正して、始めからイラストとして描かれたようにして保存してあります。芸の細かいところもお見逃しなきよう。
2008年06月08日
みずえちゃんカレンダー(その4)
そしてこの月以降、カレンダーの中では10年間、こども診療所のキャラクターとしては今もこれからもずっとずっと、二人はいつも一緒に登場することになったのです。あらためて、みずえちゃんとしんくんをよろしくお願いします。
ラベル:みずえちゃんカレンダー
2008年06月07日
みずえちゃんカレンダー(その3)
今日は平成9年2月から5月までのカレンダーをご紹介します。やはり、スチレンボードに描かれています。これらのスチレンボードに描かれた時代のカレンダーはどういうわけかデータの保存がすべてというわけではなく、一部は実物だけが残っています。私自身がまだパソコンを使いこなしていなかったんでしょうね。実物しか残っていないカレンダーは今回新たにスキャンをしてデータとして保存しました。
ラベル:みずえちゃんカレンダー
2008年06月04日
奇跡のイラスト(みずえちゃんカレンダーその2)
時期的にはこのカレンダーも当然スチレンボードに描かれていたものと思われるのですが、どういうワケか、136作品の中でこの月の分だけ、現物もパソコンの画像データも見つからなかったのです。1個だけないというのはすごく気になるもので、あちこちひっくり返して、パソコンの関係なさそうなフォルダーまで開いて一所懸命探しましたがどうしても出てきません。
イラストレーターの伊藤さんにお訊きすればということはハナから考えていたのですが、折角作ってくださった作品をなくしてしまったなんて申し訳なくて言い出せませんでした。でもやはりあと1作品、どうしても欲しくてついに伊藤さんにメールを出しました。
伊藤さんのパソコンにも不思議なことにこの月の保存がなかったそうです。そこで伊藤さんは原画が山積みにしてあるところを探してくださり、その山の中で原画を見つけてくださったのです。原画というのはA1サイズ、普段私たちが使っているA4サイズの8倍の大きさです。そしてその写真を撮って送ってくださったのです。
伊藤さんと私の両方のパソコンに偶然にも保存されず、11年以上もたって原画の形で現れるなんて、まさに奇跡のイラストだと思います。
ラベル:みずえちゃんカレンダー
2008年05月28日
みずえちゃんカレンダー(1)
ヤブログコレクションの新シリーズです。
先週土曜日に一緒に講談を聴きに行ったイラストレーターの伊藤靖子さんが去年の12月までこども診療所のオリジナルカレンダー(みずえちゃんカレンダー)を毎月作ってくださり、こども診療所の受付でもプリントしたものを差し上げたり、公式サイトから皆さんにもダウンロードしていただいていたことはまだ記憶に新しいと思いますが、なんとこのカレンダー、10年以上も続いていたんです。
こども診療所がオープンしたのは平成8年5月1日です。そしてその年の9月には伊藤さんがみずえちゃんカレンダーを作ってくださり、その後平成19年12月までの136か月間、1回も欠かさず作り続けてくださったのです。
この136作品をすべてご紹介していこうと思います。もちろん一挙公開というわけにはいきませんので、毎週少しずつご紹介します。第1回の今週は、平成8年9月から12月まで、みずえちゃんカレンダースタート直後の4作品です。




この当時のカレンダーはスチレンボートという、建築家が建物の模型を作るときに使う厚さ約5mmの素材の上にプリントされていて、それをスキャンしてパソコンに保存しておいたのです。
でもなんかキャラクターがさびしいと思いませんか?そうなんです。いつもみずえちゃんと一緒のしんくんがいませんね。そうなんです。この頃はまだしんくんは誕生していなかったんです。いつ頃登場するか楽しみにお待ちください。
先週土曜日に一緒に講談を聴きに行ったイラストレーターの伊藤靖子さんが去年の12月までこども診療所のオリジナルカレンダー(みずえちゃんカレンダー)を毎月作ってくださり、こども診療所の受付でもプリントしたものを差し上げたり、公式サイトから皆さんにもダウンロードしていただいていたことはまだ記憶に新しいと思いますが、なんとこのカレンダー、10年以上も続いていたんです。
こども診療所がオープンしたのは平成8年5月1日です。そしてその年の9月には伊藤さんがみずえちゃんカレンダーを作ってくださり、その後平成19年12月までの136か月間、1回も欠かさず作り続けてくださったのです。
この136作品をすべてご紹介していこうと思います。もちろん一挙公開というわけにはいきませんので、毎週少しずつご紹介します。第1回の今週は、平成8年9月から12月まで、みずえちゃんカレンダースタート直後の4作品です。
この当時のカレンダーはスチレンボートという、建築家が建物の模型を作るときに使う厚さ約5mmの素材の上にプリントされていて、それをスキャンしてパソコンに保存しておいたのです。
でもなんかキャラクターがさびしいと思いませんか?そうなんです。いつもみずえちゃんと一緒のしんくんがいませんね。そうなんです。この頃はまだしんくんは誕生していなかったんです。いつ頃登場するか楽しみにお待ちください。
2008年05月21日
慈母観音を展示しました
秩父巡礼もどきでご紹介いたしました「慈母観音」の版画を額に入れて、こども診療所の待合室に展示しました。待合室から診察室に入るドアのすぐ右横の壁に掛けてあります。ご来院の節は是非ご覧ください。

慈母観音が安置してあるお寺や慈母観音の由来については5月1日掲載の記事「秩父のおっぱい観音」をご覧ください。
額は去年までこども診療所オリジナルの「みずえちゃんカレンダー」を飾っていた額がぴったりでした。

慈母観音が安置してあるお寺や慈母観音の由来については5月1日掲載の記事「秩父のおっぱい観音」をご覧ください。
額は去年までこども診療所オリジナルの「みずえちゃんカレンダー」を飾っていた額がぴったりでした。
2008年05月07日
イルカの母と子
今日は動物家族シリーズの最終回です。そしてまたヤブログコレクションをご紹介してきたこのカテゴリーの最終回
でもあります。5月1日のブログでもお話したように、もうご紹介するコレクションがなくなってしまったのです。
最終回を飾る動物の親子はインドネシアからはるばるやってきた高さ約110cmのイルカの木像です。重さは21kgあります。

母イルカ(たぶん)のまわりを数匹の子イルカが泳ぎ回って遊んでいる構図の一本作りの木像です。このイルカの母と子が、こども診療所に到着するには長い長い時間
がかかりました。
私がこの像に初めて出会ったのは、1992年頃、ヤブログコレクションの第1号作品をタンザニアで見つけた頃だったと思います。ジャカルタのメインストリートにある大きなデパートの民芸品売り場に展示してありました。値段は35万ルピア、当時の為替レートで約5万円、大きさを考えれば決して高い買い物ではないように思えました
。でも大きすぎてどこに置いたらいいのか考えつかず、見合わせることにしました。
その後もジャカルタへ行くたびにこのデパートに立ち寄るのですが、いつになっても売れずに残っています。そのうち1996年には私がこども診療所を開業し、待合室にぴったりの像としていよいよ本気で買いたくなってきました。
でも運搬手段(もちろん値段が問題)がなくて、買いそびれていたのですが、あるとき、オーマイゴッド、ジャカルタにある日本大使館に出向なさっていた厚生省のお役人が、任期満了で帰国なさる時期にジャカルタを訪問したのです。私はその方にお聞きしました。「引越し費用は公費ですか?」答えは「
イエス
」。
その答えを聞くや否や私はあのデパートへ飛んでいき
、イルカの像を買ってきました。その後の為替変動で、値段は約4万円になっていました。そしてこれをその方の家財道具として厚生省の費用で日本に運んでもらったのです
。親切にもその厚生省のお役人はご自宅からこども診療所までイルカの像を運んでくださいました
。約10年前のことです。
もう一度ご覧ください。4万円ポッキリでインドネシアから入手したイルカの像です。

ご覧に入れるヤブログコレクションはこれですべてです。長期間ご覧いただき有り難うございました。しばらくお休みとさせていただきますが、また新しいコレクションを入手したときには臨時で掲載したいと思います。それまで楽しみにお待ちください。
最終回を飾る動物の親子はインドネシアからはるばるやってきた高さ約110cmのイルカの木像です。重さは21kgあります。

母イルカ(たぶん)のまわりを数匹の子イルカが泳ぎ回って遊んでいる構図の一本作りの木像です。このイルカの母と子が、こども診療所に到着するには長い長い時間
私がこの像に初めて出会ったのは、1992年頃、ヤブログコレクションの第1号作品をタンザニアで見つけた頃だったと思います。ジャカルタのメインストリートにある大きなデパートの民芸品売り場に展示してありました。値段は35万ルピア、当時の為替レートで約5万円、大きさを考えれば決して高い買い物ではないように思えました
その後もジャカルタへ行くたびにこのデパートに立ち寄るのですが、いつになっても売れずに残っています。そのうち1996年には私がこども診療所を開業し、待合室にぴったりの像としていよいよ本気で買いたくなってきました。
でも運搬手段(もちろん値段が問題)がなくて、買いそびれていたのですが、あるとき、オーマイゴッド、ジャカルタにある日本大使館に出向なさっていた厚生省のお役人が、任期満了で帰国なさる時期にジャカルタを訪問したのです。私はその方にお聞きしました。「引越し費用は公費ですか?」答えは「
その答えを聞くや否や私はあのデパートへ飛んでいき
もう一度ご覧ください。4万円ポッキリでインドネシアから入手したイルカの像です。

ご覧に入れるヤブログコレクションはこれですべてです。長期間ご覧いただき有り難うございました。しばらくお休みとさせていただきますが、また新しいコレクションを入手したときには臨時で掲載したいと思います。それまで楽しみにお待ちください。
2008年05月01日
秩父のおっぱい観音
午前10時30分池袋発西武特急ニューレッドアロー号で約1時間半、秩父の玄関口である西武秩父駅に到着しました。どこのお寺に目的のおっぱい観音が安置されているのかは事前に調べてありましたが、それだけではもったいないので、橋立の鍾乳洞も訪ねてみることにしていました。まずはそちらへ向かったのですが、その話はまた後日。
観音様が乳首をあらわにして赤ちゃんに乳を含ませるなんてことはどの仏教説話にもないでしょうが、この観音様の顔は幼ささえ感じさせる優しい表情をしています。どこか広隆寺の阿弥陀如来像に通じるものがあるように思えます。
金昌寺は子育て祈願のお寺ということで、境内にはこどもを抱いた、あるいは回りでこどもたちが遊んでいるようなお地蔵様が何体かありました。
2008年04月23日
2008年04月16日
2008年04月09日
動物家族(2)
今週の動物家族はイヌの家族とカエルの家族をご紹介します。


今週も説明は不要でしょう。写真だけご覧ください。




最後のカエル家族だけちょっと説明させてください。この家族のお父さんカエル(一番左)は、こども診療所公式ホームページのサイトトップにあるこのヤブログへの入り口に寝そべっているカエルです。
今週も説明は不要でしょう。写真だけご覧ください。
2008年04月02日
動物家族(1)
こども診療所の、予防接種をする部屋と感染症の診察をする部屋の間の壁に常時飾って(置いて?)あります。
今回はまずネコの家族をご紹介します。最後の素焼きのネコ以外はすべて木像です。特に説明も必要ないと思いますので写真だけご覧ください。ソファーはこの動物たちとは全く関係なく別の売り場で見つけたので色違いを何個か買ってきました。偶然とはいえサイズ的にぴったりだったのです。
2008年03月26日
日本の母子像・家族像
これまで世界各国のおっぱい人形・母子像・家族像をご覧いただきました。では日本製のものはどうなのかといいますと、母と子というのは博多人形などではよく見かけるモチーフなので、わざわざ探さなくても・・・という感じで特別に気をかけたことはありません。ヤブログコレクションには宇賀地(現姓=内田)洋子さんとおっしゃる日本人彫刻家の版画の作品が2点と、彼女の個展のお知らせにいただいた葉書を額に入れたもの2点があるだけです。
宇賀地さんは母と子をテーマにした作品を数多く創作なさっています。左の写真は「子は母の背中で夢を見る」という木版画の作品です。お母さんがまるで雲のような柔らかさで現されていて、赤ちゃんが雲の上で遊んでいる夢を見ているような作品です。待合室から診察室に入る中待合いの壁に常時展示してあります。
右の写真は「たちつてと」というやはり木版画の作品です。原題はハングル文字(多分)で書かれていますが、作品はひらがな(日本語)のた・ち・つ・て・との文字の形をお母さんと赤ちゃんで描いています(一番上が「た」でそこから左回りに「ち」「つ」「て」「と」です)。この作品は授乳室という来院なさった方が赤ちゃんにおっぱいを飲ませたり、生後間もない赤ちゃんの待合室に使ったりする部屋に常時展示してあります。
左の写真は宇賀地さんの個展のお知らせの葉書を小さな額に入れたもので、家族の像の彫刻(の写真)です。宇賀地さんの作品にはマシュマロのような質感が感じられます。
ここまでは宇賀地さんにお子さんが生まれるまでの作品でした。中待合室に常時展示してあります。
右の写真はやはり個展のお知らせの葉書(版画の写真)ですが、お子さんが誕生したあとの作品です。作風が変わったことに気づかれると思います。お子さんに対する愛情が現実味を帯びて感じられます。マシュマロのような質感も残ってはいますが、実際にお子さんを育て始めるとマシュマロだけではやっていけないということでしょうか?上の葉書そして最初の木版画と同じように、中待合室に常時展示してありますので、この違いをご覧下さい。
ここまでは宇賀地さんにお子さんが生まれるまでの作品でした。中待合室に常時展示してあります。
2008年03月19日
タンザニアの家族像
この家族像のモデルは、顔の形や背の高さから見て、マサイ族だろうと思われます。私がタンザニアを訪れた15年前には、マサイ族の家族がこうやって連れ立って歩くなんていう光景を見たことはありません。マサイ族の男は男同士で連れ立ってゆっくりゆっくり歩いていました。15年の間にマサイ族の社会にも近代化の波が押し寄せてきたのでしょうか?
2008年03月12日
ヴィエトナムの家族像
今までご紹介してきた家族像は(1)赤ちゃんを抱いたお母さんのそばにお父さんがいる、(2)両親の間にこどもが立っている、のいずれかでした。50点近いヤブログコレクションの中でも、授乳中のお母さんのそばにお父さんが登場する作品は唯一この絵皿だけです。とても貴重なので再度掲載いたしました。(皿の直径=20.5cm)
入手のいきさつなどは2007年8月8日掲載のヤブログコレクションをご覧下さい。
2008年03月05日
インドネシアの家族像(4)
インドネシアは1万3千余の島々から成り、その島その島に独特の織物や染め物があります。その柄でだいたいどの地方のものかわかるのですが、この絵は特に地方を意識して描かれてはいないようです。真ん中のこどもの腰布は斜めの模様で、ジャワ島のバティックの特徴があり、お母さんの横縞はインドネシアのかすり織りイカットの模様のようです。お父さんの縦縞はインドネシアではあまり見かけません。
この絵はこども診療所の診察室入り口の右の壁に常時飾ってあります。(絵のサイズ=14cm×19cm)
2008年02月27日
インドネシアの家族像(3)
ところで、インドネシアはまだまだ発展途上の国で、子育てに関しても、医学的には問題のある古くからの慣習が残っていたりして、保健省(日本の元厚生省にあたる)では、様々な機会を捉えて正しい育児知識の普及に努めています。
この絵は、家の中に父と母と子が座っていて、高いところにある窓からはさわやかな風が吹き込んでいます。「風通しのよいところで育児をしましょう」という啓蒙的な絵画なのかもしれませんが、お母さんの膝の上の赤ちゃんには古い慣習が残っているようにも見えます。(絵のサイズ=30cm×40cm)
インドネシアのジャワ島では、生まれたばかりの赤ちゃんを、両脚を伸ばした状態でバティックの布でぐるぐる巻にする風習があります。日本では先天性股関節脱臼の予防のために、赤ちゃんのおむつはゆるいあておむつにして、両脚がM字型になるように寝かせるよう指導していますので、18年前にジャワ島の病院で初めてこのような赤ちゃんを見て思わず産婦人科の医者に「こんなに脚を伸ばして股関節脱臼になりませんか?」と尋ねてしまいました。インドネシア人の医者は「ゼ〜ンゼン」と素っ気なく答えました。股関節脱臼が日本人に多いのは事実ですが、こんなにも人種差があるものかと感心したものでした。
絵の中の赤ちゃんはバティックではなく白い布で巻かれていますし、手足が描かれていますのでぐるぐる巻ではないのかもしれませんが、ジャワ島東部、スラバヤという町のお土産屋さんのギャラリーでこの絵を見つけたときには、18年前の病院での記憶が瞬時によみがえりました。もしかするとこの慣習は古いものだけど害がないということで、インドネシア保健省も認めているのかもしれません。
この絵は、こども診療所の玄関を入ってすぐ左側の壁に常時飾ってあります。
2008年02月20日
インドネシアの家族像(2)
父と母とこどもの三人組ですが、赤ちゃんを抱いているのは母親でしょう。この手の三人組の像で、父親が赤ちゃんを抱いて、となりに母親がいるという構図にはまずお目にかかれません。
現在こども診療所の展示スペースにはお雛様が飾られてしまってこの像を展示することができません。いずれ展示いたしますのでそのときにご覧下さい。


