
月曜日は医学講座の日。なぜなら人間のからだを表す言葉には「月」(ニクヅキ)のつく漢字が多いから。
久々の医学講座です。育児講座はしばらく休講とさせていただきます。
今回は話題になっている
チメロサールとは一体どんなものなのか、そして議論になっている背景はなんなのかについてじっくりと考えてみたいと思います。
《チメロサールとは?》 チメロサールは殺菌作用のある水銀を含む有機化合物(有機水銀)で、
チメロサールの重量の約半分(49.55%)を水銀( Hg )の重量が占めます。分子式を右に示します。
チメロサールは、
エチル水銀とチオサリチル酸とに分解します。
エチル水銀(有機水銀)の部分で人間への毒性が心配されています。
エチル水銀の量(重量)は
チメロサールの約半分になります。
【殺菌作用】
チメロサールの殺菌作用は昔から知られていて、1930年代から種々の薬剤に保存剤として使われてきました。薬剤に病原体が混入して薬剤の使用で感染症となってしまうのを防ぐためなどの目的で使われてきたのです。1940年頃からワクチンの保存剤として使われ始めました。
チメロサールは、生きているウイルスや菌が入っている生ワクチンでは使われませんが、死んだ菌などが入っている不活化ワクチンでは保存剤として使われるようになりました。しかし、
チメロサールが添加されていても細菌でワクチンが汚染することは少ないながらもあります。
チメロサールが保存剤として添加された3種混合ワクチンが入ったビンがA群連鎖球菌で汚染して接種された人たちに感染(膿瘍)が起こった事件が報告されています。多人数用の大きなビンに入ったワクチンは、何回も針で刺すことなどにより一度病原体で汚染してしまうと、接種された人に感染症を起こすことにもなりかねません。
【毒性】 微量の
チメロサールの
エチル水銀による毒性については、過敏症を起こすことがある以外よくわかっていません。ただ、同じく有機水銀であり、化学構造も近い
メチル水銀と近いと思われます。そこで、人が微量の物質を摂取する場合の安全基準については、
メチル水銀の基準が
チメロサールの
エチル水銀の基準にも使われています。しかし、この安全基準は種々の機関から出されていて基準値が統一されているわけではありません。水銀重量として基準値で一番低いのがアメリカ合衆国のEPAで0.0007mg/kg体重/週(0.0001mg/kg体重/日)です。EPA の基準値は、RfD( Reference dose:参照用量)と呼ばれます。一生の間、人の集団が毎日暴露を受けても有害な影響のリスクがないと思われる推定用量です。一日あたり・人の体重あたりの用量で示します。
【自閉症とチメロサール】 近年、アメリカ合衆国では自閉症の発生が増えていると言われています。アメリカ合衆国における自閉症の増加を水銀と関連づけて説明しようとしたのがベルナールらの仮説です。 ベルナールらはこの十数年の間にアメリカ合衆国では乳幼児が接種すべきワクチンの種類や本数が増え、また、より月齢が低い段階で接種を受けるようになってきていること、またその中には
チメロサールが添加されているワクチンもあり、1999年の段階では乳児期のうちに定期の予防接種を受けることでアメリカ合衆国のEPAの基準を超える水銀の暴露を受ける可能性があることを指摘しています。さらに、自閉症の症状と水銀中毒の症状の類似性を指摘し、水銀中毒の結果として自閉症になると考えました。そして、この十数年の間にアメリカ合衆国では乳幼児に対する予防接種による水銀の暴露が増加することで自閉症となる者が増えていると考えました。また、重金属を体から排除する働きのある酵素に欠陥があるというような、遺伝的に水銀の暴露に弱く自閉症となりやすい人たちがいると考えました。
【ワクチンとチメロサール】 ワクチンに
チメロサールを添加することは先に【殺菌作用】のところで触れましたが、ベルナールらの仮説はアメリカ合衆国においてワクチン中の
チメロサールの安全性に関して疑問を投げかけることになりました。アメリカ合衆国におけるこの疑問に対する答えが、米国科学アカデミーの医学協議会の2001年10月の勧告と2004年5月の結論です。
米国科学アカデミーの医学協議会は予防接種安全性検討委員会で「
チメロサールを含むワクチンと神経発達障害と」について検討し、2001年10月におおよそ次のような結論を示しました。「
チメロサールを含むワクチンの接種を受けることと神経発達障害とが関係しているとの仮説は立証されてはいないが、生物学的にはもっともらしく思われる。また、
チメロサールを含むワクチンの接種を受けることと自閉症・注意欠陥多動性障害・言語発達障害などの神経発達障害との間の因果関係については、肯定するにも否定するにも十分な証拠がない。」
米国科学アカデミーの医学協議会は予防接種安全性検討委員会で、2001年の勧告以来「
チメロサールを含むワクチンと自閉症と」について検討し、2004年5月におおよそ次のような結論を示しました。「
チメロサールを含むワクチンの接種を受けることと自閉症との間の因果関係については、否認することが根拠によって支持される。」(日本においても同様の声明が2004年6月に日本小児神経学会より示されています)
以上のような経過を踏まえ、米国の医学協議会の予防接種安全性検討委員会は
チメロサールを含まないワクチンの使用を勧告しました。
アメリカ合衆国の中で
チメロサールをワクチンにできるだけ添加しない方向は医学協議会の予防接種安全性検討委員会の勧告以前に、米国小児科アカデミーと合衆国公衆衛生サービスとの1999年7月7日の共同声明で示されました。世界保健機関(WHO)は2000年1月にこの共同声明を支持しています。
1999年7月8日、つまりアメリカ合衆国での共同声明の翌日には、欧州で欧州医薬品審査庁の許可医薬品委員会が乳幼児のワクチン中の
チメロサールについて勧告を出しています。許可医薬品委員会はワクチンからの水銀の曝露の程度では有害な証拠はないけれども
チメロサールを含まないワクチンの使用を早急に進めていくべきだとしました。
WHOのワクチン安全性委員会は、ワクチン中の
チメロサールとこどもの神経発達障害の間の因果関係を示す決定的証拠はないとしました。WHOはワクチンを使用しなかった時のワクチンで予防できる病気による罹患・死亡・合併症といったリスク、あるいは
チメロサールをワクチンに添加しない時の多人数用のワクチンが病原体で汚染した場合のワクチンによる感染症のリスクは、いずれもよく知られたリスクであり、両者のリスクはワクチン中の
チメロサールによる副作用の可能性のあるリスクよりはるかに大きいと考えられるとしています。世界的規模で進行中の予防接種戦略において、
チメロサールを添加したワクチンも用いられている現在のワクチンの使用を即刻中止することなく継続しながら、
チメロサールをワクチンにできるだけ添加しない方向をWHOは示しています。
日本においても、アメリカ合衆国・欧州・WHOと同じく、
チメロサールをワクチンにできるだけ添加しない方向にあります。ワクチン中の
チメロサールの減量や無添加が見られています。
本当にじっくりになってしまいましたが、これまでの説明で
チメロサールについては合点していただけましたでしょうか?ガッテン・ガッテン。
これらの基礎知識をもとにして、インフルエンザワクチンに含まれる
チメロサールの有毒性について、中立的な立場で考えていきたいと思います。次回をどうぞお楽しみに。